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2025年12月11日 (木)

来週はユネスコ活動一色になる

 来週は、将にユネスコ活動が目白押しでユネスコ一色の様相を帯びるかの様である。月曜日に子ども部と水曜日は歴史音楽劇で市長とそして木曜日には健康福祉部・社協との対話集会が予定されている。

 これも3年間の活動実績とその成果が着実に積み上がっている証左でもある。会務の運営から履歴まで整然とした営みが行われているからこそである。それらの功績は事務局はじめメンバーの貢献によるところ大である。

 会務の運営は方針・企画の先行部分と下支えの縁の下の力持ちがバランスよく働いて機能する。八千代ユネスコ活動の成功はそのバランスと活動趣旨の正しさの証でもある。

2025年12月10日 (水)

冬至

 今年の冬至は12月22日第四週の月曜日である。この日が地球上の謂わば、冬のピーク、日照時間が一年で一番短い。何でも一番は記憶に残るし、目立つ。

 考え直せば、この日から日に日に、一日一日、日が長くなると言う事だ。人の気持ちは日に日に短くなるのは気分が落ち込むが、日に日に一日一日長くなるのは希望に繋がる。

 人間性も共感や快感の共有は人を豊かにするが、批判、中傷、分析は人を惨めにする。どうせなら、心豊かに共感や感動をもって暮らして行きたいものである。

2025年12月 9日 (火)

18年目のブログ集

 昨日、スタッフの一人から今年のブログ集が届いた。これで今年も下田行きの車内での読み物が揃った、楽しみが一つ揃った思いである。これをサフィールの車内で読むのがいつの間にか恒例になって楽しみのもなっている。過ぎた一年を振り返る持って来いの読み物であるし、来る翌年の一年の計を図るのに持って来いである。

 一年を振り返る手法はこうして作られたし、いい形で継続出来ている。振り返りやポジションを変えた視点での見方やら、偏見や視野狭窄に陥らないための手法は幾つも持っておいて不自由はない。

2025年12月 8日 (月)

余韻

 今日、ドラマを見ていてそう思ったことがある。余生とは早く言えば、余韻の事。旅の計画や思い出に耽ることで旅は何倍にも膨らむことがある。それと同じ、人生だってよい思い出に浸れば人生の何倍にも楽しさは続く。

 そういう楽しい思い出をたくさん仕込んでおくことが余生の楽しい過ごし方であると思い至った。まさに至言である。また何時、楽しい思い出作りの旅を計画しようか?

2025年12月 5日 (金)

目標

 私は80歳までゴルフをしたいというのが、今の具体的現実的目標である。その為のトレーニングは怠りなく行える自信がある。人間、老後は具体的な目標とそのための手法を身に着けておくことが必須である。

 80歳は今の平均健康寿命からすれば8歳も余計である。余りの人生を豊かに過ごすための方策でもある。

2025年12月 3日 (水)

老後の夫婦生活

 今時、サラリーマン夫婦の定年後の夫婦生活モードについて、テレビのバラエティー番組が放映していたが、この長寿社会で60か65歳から始まる老夫婦生活は果てしなく長いの一言。

 それでなくとも日本の夫婦生活は水のごときもの何ら干渉もせず、当たらず、触らず事、無かれ主義が一般的、それが毎日のように顔を合わせれば険悪になるに決まっている。

 若い頃から対峙することもなくなあなあと事勿れ主義を通せば、何れ無理が来るのは目に見えている。同居の理由に愛だとか慈しみだとかは関係ない。日々のお互いの尊厳の尊重と間合いが重要である。

 健康寿命をお互いに越えたとしたら、もう残りは人生のオマケみたいなもの、二人で存分に楽しもうではないか。もう楽しみなんて何もないのだから!

2025年12月 2日 (火)

出来ないこと

 今年の年初、周囲の反対を意にも介せず、下の娘の家族とのファミリースキーに同行した。今思えば年寄りの冷や水と揶揄われることだが、その時は本気で昔取った杵柄とばかりに威勢よく向かったものの、結果は燦たるものであった。

 今でも記憶に生々しい。この年になって昔出来たことも出来なくなっていることに気が付かない方もどうかしているが、目の前に突き付けられたショックは夥しい勢いで押し寄せた。

 昔出来ても今は出来なくなっていることが存在することを認めるのは勇気が必要だ。そんな一年が幕を閉じる。来年はどんな思いで暮らすことになるのやら!!

2025年12月 1日 (月)

今日から師走

 今日は12月1日、愈々師走12月である。一年の終わり、最終月、どん詰まり、年末である。翌月は新年、年の始まり、私の最終年、つまり、私の現役最終年の始まりである。

 今にして思うのは現役最晩年、嘸かし平穏な気持ちで綺麗さっぱり穏やかな気持ちで過ごせるのかと思ったが左にあらず、煩悩は幾らでも沸き上がり消えてゆき、心穏やかに過ごせない風情を味わっている。

 これが人間の持てる煩悩であるかの如く、沸き上がり消えてゆく感情の起伏が悩ましい。人間どんな心境になろうとも心穏やかに過ごせることの何と難しいことか今更ながらに思い悩む日々である。

 人は何時になったら心穏やかな日々が遣ってくるのだろうか。

2025年11月28日 (金)

歯磨き

 今日は掛かりつけの歯医者に定期検診に行ってきた。ここにはもう何十年と通っていて、私の口の中は誰よりもよく知っている間柄で安心して任せられる歯医者である。

 私の持病は目・歯・前立腺であり、最近は脳に毛細血管に異常が見つかって再度検査を行うことになっているが、それ以外は順調の様である。この年になればこの先は予断を許さないから、注意は大事だが大騒ぎすることは何もない。

 先の歯医者のお陰で今でも歯の全ては自前である。平均健康寿命は越えたことだし、もうひと踏ん張り元気でいられるよう頑張ってみる。

2025年11月27日 (木)

下田への切符

 今日は27日、年末に行く予定の下田行きの切符の手配をしてきた。いよいよ年末、今年は暮れに懸けて公私ともに忙しい。調査の報に個人の懸案も。

 健康の方は快適とまではいかないが、まずまず、足も動くし小学生にも負けない。手も不自由はしないし一人前に動く、口は若いころに比べれば活舌は確実に悪くなっている。

 年を取ってはじめて分かることと謂えば、喉回りの皺や顔の皺というより活舌の悪さを挙げたい。これは訓練で良くなるものだろうか。考えてみる価値はある。

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