無料ブログはココログ

2024年10月 9日 (水)

政治の季節

 今日、衆議院は解散する。国民の大半は政治に関心がない。関与しなくても誰かが遣ってくれると思っている。昨日、戦時中リトアニアの公使代理の立場にあった杉原千畝のお孫さんが今の中東紛争の状況について尋ねられ時、こう懐述していた「当たり前のことが謂えない時代は何も出来ないのだ」と時代を生きた人にしか言えない思いだろう。

 日本の明日を心配する人が何人いるだろうか?

2024年10月 8日 (火)

日本の経済成長について

 先の総裁選で話題になった生産性向上や賃上げ政策などGDPの分配に触れたフレーズについて多くの候補者が触れたがパイを大きくする話は唯一一人を除いて触れていなかった。 

 多くを分配するなら方法は二つしかない。分配率を変更するか規模を大きくするかの方法しかない。分配率を変更すれば勝者と敗者が必ず出る。規模そのものを大きくすれば敗者は出ない。

 敗者が出るとすれば競争に負けた者だ。だから、キーワードは競争に勝つことである。資本主義の根底は敗者が出る事である。敗者にならない手立てが必要である。

2024年10月 3日 (木)

プレゼンス

 存在感と謂うか存在価値とでも訳した方が適切と思うが、日本に限って言えば、初めからその世界でのプレゼンスは低かっただろう。第一その存在すら知られていなかった。

 世界の中で密かに唯呼吸をしていただけだったのだから、その存在すら認識されていなかったのだ。開国と同時に諸外国の情報や諸事情が一挙に入ってきて、国家の中枢は嘸かし戸惑った事だろう。

 一挙に富国強兵に舵を切った政治は日清、日露と隣国との戦に勝って有頂天になって恰も自信が大国になったかのように過信し、先の大戦で壊滅的大敗を喫したのは国民の大半が知っている。

 一方「ブリュッセル効果」と謂う奴を知っているだろうか! ヨーロッパの先進国は帝国主義の先にある諸外国とのルール作りに長けている。世界のルールの大半はヨーロッパ発である。最初の世の中のスタンダードを決めて標準化してしまう技は一日の長がある。

 世界のスタンダードのルール作りこそプレゼンスを高める源泉である所以である。

2024年9月30日 (月)

探究と交わり

 NHKの街角ピアノと謂う番組があり興味深く見ている。理由は街角の一隅に置いてある誰が弾いても良いピアノに集まる人のコメントや弾きての境遇や音楽に対する考えを聞くのが楽しいし、交わりを見聞きするのも興味深い。

 偶然の出会いや人夫々の境遇や事情も千差万別で興味が尽きない。人の興味や趣味は偶発的な事情にもよるが人との出会いや交流も切っ掛けになる事が多い。

 そんな意味で日本人の日々の単調で変化のない生活から変革やイノベーションは生まれないと確信を持って言える。若者は変化と出会いから成長が始まるのだ。

2024年9月26日 (木)

高付加価値経営

 賃上げも高給も苦にならない経営がある。所得分配額を高める経営である。謂うは安し、行うは難しであるが、儲けが多くれば分配も多いと謂うのが企業の論理である。

 経済三面等価の原則と謂うのがある。生産・分配・支出の三面である。生産の局面の答えは生産性の向上言い換えれば付加価値の向上である。

自分で出来なければ他からの刺激に待つしかない。高付加価値企業の誘致である。刺激を受けた過激な競争を勝ち抜いた先に高付加価値が待っている。ぬるま湯に浸かったままでは幸せは遣って来ないのだ。

2024年9月25日 (水)

賃上げ効果

 対前年比何パーセントなんてケチな事言ってる場合か。先端企業を誘致して周辺企業群を誘致すれば抑々競争力のある企業であれば当然賃金も高い筈だし、地域全体に恩恵はある筈である。

 未だかつてこんな議論さえなかったと謂うのは、前にも書いたが、エスタブリッシュメントは現状を変えたくないからだ。彼らにとって現状は命である。

 イノベーションは変革である。現状に甘えれば明日は無い。そのことを忘れて久しいのが今の日本である。危機こそチャンスである。エスタブリッシュメントの危機を感じさせるには何が一番良いだろうか。変革を真剣に考える時が迫っているようだ。

2024年9月24日 (火)

奉仕 

 奉仕を英語で謂えばserve,仕える、支えると謂うような意味にとれるが対価は取らない無償のと謂う意味が含まれている。その無償と謂う意味が実費相当まで含むのか含まないのかは議論がある。

 日本の古来の意味は全くの無償を謂い全く対価は無いと謂うのが常識である。つまり、施しである。施しは救済である。救済は無償でなければならないが、ちょっとでも対価を求めようものなら商売に直ぐ結びついてしまうのが日本である。利潤を含むまで求めない施しもあるだろう。

 これからは!!

2024年9月20日 (金)

創造性の教育

 世の中、探究型教育だの非認知機能の向上だのと言われて久しいが、昨日、衝撃の事実が判明して大変ショックであった。孫娘が家に遊びに来ていて絵本を見ながら楽しそうに読んでいるのを見ていて微笑ましく思っていたら、「ジジ、ジジがこの絵本を見て、物語を作ってみてよ」と差し出すのを見て実に驚いた。

 その絵本には文字の欠けらもなく子供達3人と恐竜が一匹(?)いるだけ。絵だけが進行している。これを見て咄嗟に「物語を創れ」と謂い立って如何にもこうにも出てこない。

 件の孫娘に見下され、悪口雑言を吐かれてもどうにもこうにも手も足も出ない。そこで傍と思ったのは「これが創造性を生み出す教育かも知れない」。

 皆さん、無言の動画を見せられて、物語を即興で作れますか?

2024年9月19日 (木)

地球温暖化

 地球温暖化が謂われて久しいい。何時誰が言ったかと謂えば、1988年NASAの研究者ジェームス・ハンセンの議会証言からと謂うことになっている。

 これ以降、マスコミの取り上げ方が格段に増えたとある。つまり、一科学者の証言をマスコミが恰も確立された理論の様に一般に流布したと謂ってもいい。

 これに反論する科学者もいるが、世の世論となった風潮に誰も逆らえない儘に今日に至っていると謂う。ふたを開けてみれば「なーんだ」と謂う事にも為る。

 これには科学的裏付けを是非ともお願いと共に、何でも疑ってみる好奇心も必要であるが、日頃は肌身に感じる異常を説明することも、環境にもっと謙虚な姿勢で臨むことも非常に大事なことである。

2024年9月18日 (水)

改革

 人は変化を嫌う。現状を変えたくないのだ。変化は恐怖を伴う、冒険である、どう変わるかよくなれば良いが、そうとは限らない。つまり、変化にはエナルギーが必要である。

 だから凡人は変化を求めない、大衆が変化を求めるとしたら、明日の命が無事でない時か、滅亡が明らかである時である。つまり、そこの迫った危機を感じた時である。危機を感じる仕込みを自ら求めることが重要であると謂う事だ。

 日頃からセンサーを磨いておくことだろう。

«庭