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2008年6月

2008年6月30日 (月)

休みは家族と

 来月の1日から八千代商工会議所主催の社長塾が開校されるというのに一回目の原稿すらできていないという事態。
それなのに週末は家族サービスという名分にかこつけて、土曜日はフェイ(我が家の猶一のオス犬)のための柵づくりに散歩(妻も一緒)。
 日曜日は雨の中を妻が新調したクラブの試打に、来年は社会人になる二女のゴルフの手ほどき。
何と優しい家庭人。
 原稿書きは土曜日の僅かな時間と日曜のサービスの合間をぬっての綱渡り。
でも、ささやかな自信が!
ここで取り上げる事柄は、すべて私が体現し考えた事柄だからだが?

2008年6月27日 (金)

上野の森

 ロータリークラブの青少年交換プログラムでメキシコのクリアカンから来ているエッソン・トレロ・ベリオが来月の5日に離日する。
その際、彼に持たせるお土産を購入しに東京国立博物館に妻と行ってきた。
 彼に日本らしいお土産と思って浮世絵と屏風絵のレプリカを購入した、以前にカナダ人に送って好評だったから。
 京成上野駅から博物館までの噴水のある広く樹木に覆われたみちを妻とふたりゆっくり歩む、これも偶にはいいものだ。
 上野の森も梅雨時の雨にぬれて快い風情であった。
国立博物館ではミュージアム・ショップだけを利用する事が出来るのも今回知った。

2008年6月26日 (木)

まちが変わるには

 八千代というまちが変わるにはどうしたらよいか。
多分、住民の多くがこのままでよいとは思っていないだろう。。
 これからの日本では、今以上の財政的支援は求めようもないだろう、つまり公の支援は限られたものとならざるを得ないという共通認識が先ず必要と思う。
 限られた財源で運営していくには、民間セクターのアイディアに優先順位を付けて民間主導で行使されることが必要だろう。
その際に重要になってくることは民間レベルでのアイディア(構想)の創出とその実施手順の構築だろう。
 天は自ら助くるものを助くだ!

2008年6月25日 (水)

経済バブル

 1995年ごろのITバブルから2007年までのサブプライムローン関連のバブルそして、いまの、資源バブルと世界はこのところ何らかのバブルを生じさせながら経済成長を遂げてきたといえる。
 原因はドルの刷りすぎか?
今の経済は実物経済だけでなく、金融経済の動きやその実態を把握していかないと判断を誤ることになるだろう。
 好き嫌いは別にして金融市場の動きから目が離せない。
体験的に学ぶには、金融市場で自らの資金を動かしてみることが一番の近道だと思われる。

2008年6月24日 (火)

ダッカという都市

 去る日曜のNHKスペシャル「沸騰都市」をご覧になっただろうか。
バングラディッシュの首都人口1,200万人の都市である。
そこで展開されている世界最大のNGO組織BRAC(資金500億円、11万人のスタッフ)の取り組みについて取り上げられていた。
 企業家として起業する人たちへの少額な融資、スラム街に住む貧民へのマイクロクレジット(バングラディッシュの農村部で展開されているグラミン銀行という仕組みの都会版)という5人組連帯保証の無担保融資。
なんと、その貸し倒れ率0.3%(1.000分の3)という低さは、まさに驚異的である。 
その彼らが等しく口にするのが政府は当てにしない、自らがチャンスを見つけて挑戦するんだと。
50万円、マイクロクレジットに至っては1万円から1万3千円の規模だが、みな夫々のチャンスに賭けて喜々としている。
 今に、日本を追い抜くよと口にした貧しい人の言葉が印象的であった。
人は、いかに貧しくとも人の信頼は裏切らないものだと痛感した。

2008年6月23日 (月)

事業承継の要素

 世の中小企業に関するテーマの中心は事業承継ないしは経営承継と言われ、関連ビジネス業界を巻き込んで盛んに議論されるようになった。
 しかし、ここでその議論に不定見なまま巻き込まれるとわが身の立場や状態が見えないままに漂流してしまいかねない。
 承継の要素を分解して整理し、わが社の処方箋を書かないと本末転倒なんてことになり兼ねないのだ。
まず、経営は、人、組織、規模、業態、市場、特徴(強み・弱み)、ノウハウの有無などの要素別分解をする必要があろう。
 次に、何から手をつけていく必要があるか、その優先順位を決めることだ。
そのチャート(海図)に基づいて実行していくことになろう。
その際に重要だろうと考えられるのがお客様(外部関係者)やとりわけ従業員にとっても受け入れられるような承継かという事だろう。これから事業を継続していこうとすれば当然の前提だろう。
 また、これを支援する側の重要な要素として、その会社の実情をよく把握していて適切なアドバイスができる環境にあること、会社法ほかの実体法の理解があること、承継税制に詳しいこと、誠実な提案ができること等であろうか。
 つまり資本の部の会計や税法の理解が必要なジャンルで、今まであまり体験していない分野なのだ。
まさに顧問税理士・会計士の力量が問われている。

2008年6月20日 (金)

ジュピター

 皆さん、「ジュピター」という曲をご存じだろうか。
5年ほど前に平原綾香という歌手のデビュー曲である。
「ジュピター」は古代ローマの3大神の一つでギリシャ神話のゼウスに当たる主神とされる。
 私たちがホルストの交響詩「惑星」の木星(JUPITER)で知っている曲に吉本由美氏が詩を付けたものだ。
 その歌詞の中にこんな一節があるご紹介しよう。

        夢を失うよりも 悲しいことは
 
        自分を信じてあげられないこと 

        愛を学ぶために 孤独があるなら

        意味のないことなど 起こりはしない

気高く思慮深くそして現代の人たちへの愛のメッセージでもあろう、好きなフレーズだ。

2008年6月19日 (木)

事務所の雰囲気

 昨日、月に2回行っている所内研修の日に当たっていた。
もう、何年になるだろうか?
 昨日のテーマはプロジェクトKOUHEIの実施状況評価であるが所謂、所長マターの未実施ばかりが目立つのだ。
他の担当委員会の実施状況は極めて順調なのに私のテーマばかりが進んでいない。
 皆の評価が厳しい。
微妙な問題が多いとか言い訳はいくらでも出来るが、全く考えていない訳ではないのだ、頭の中はそれらの問題で一杯なのだと。
 方向性は出ている、私が何年ぐらい入院できるだろうか。

2008年6月18日 (水)

タイガーって何者!

 皆さんご存じのように先頃行われた全米オープンゴルフで左膝の術後間もないタイガー・ウッズが19ホールのプレイオフの末優勝してしまったのだ。
 僕は直接彼を知らないが、実は友人のK氏はタイガーと2回ほどラウンドしている数少ない日本人の一人なのだ。
彼のウッズ評を聞けばなるほどと思わず納得してしまう。
だって、彼もかつてはアマチュア競技の常連だったし、今も現役のスクラッチプレーヤーなのだから。
 彼の評によれば、その距離感(いつもピンハイに打ってくる)、その弾道の高く静かなこと、そしてコース内外での立ち振る舞いのノーブルなこと、練習ラウンドやプロアマでのファンサービス(いつもサインペンを持っていて気軽に子供たちのおねだりにこたえるさま)を見ているといっぺんに彼のファンになっちゃうよと。
 彼の立ち振る舞いが、ゴルフをポピュラーなものにし、若者に夢を与えている。

2008年6月17日 (火)

三塾の取り組み

 去る6日に県の商工労働部主催の「創業・経営革新支援機関連絡会議」にTKC千葉会を代表して出席してきた。
 各界から50名前後の参加者があり、今までの取り組みと今後の新たな構想である地域力連携についてその拠点となったところの今後の方針の披露があった。
 その会議でTKC千葉会での取組みと今後の方針の披露のついでに八千代商工会議所での取り組みを副会頭という立場でPRしてしまったのだ。
 その取り組みが今日のテーマの三塾つまり、創業塾・経営革新塾・それらを支える社長塾のそれなのである。
後日、TKCの関係者がそこに出席していた者からその出来事を聞いてきたらしい。
TKCと地域経済団体とのまさにそのコラボレーションを!
 八千代商工会議所やTKCの取り組みを少しでも多くの方たちに知ってもらう事が大切だと思っている。
地域の産業は各種関連諸団体と協調つつ発展していかねばならないのだから。

2008年6月16日 (月)

社長塾とは

 7月1日から毎週火曜日五回に亘って商工会議所主催の人材育成講座「社長塾」を開くことになっている。
ことのおこりは世の中小企業の経営が曲がり角に来ているという認識からである。
地域経済の活性化と中小企業経営者の意欲向上と若手経営者の育成がその主な目的である。
 経営者としての考え方、姿勢、取り組み方について現実的・具体的に説いていきたいと思っている。

2008年6月13日 (金)

世は事業承継ばやり

 最近は、世を挙げて事業承継・企業組織再編ばやりであるかのようだ。
しかし、本当か!
 この日本に事業の承継について金融機関や税務当局・会計事務所が関与しなければならない企業がどれほどあるのだろうか。
 日本の企業の99.7%は中小企業といわれているし、雇用の70%は中小企業が担っているという。
表面上確かに日本の将来を考える上での重要なテーマに思えてくるが。
 事業承継を考えなければならないのはつまり、後継ぎを考えねばならない事情にあるからに他ならない。
私がみるところ、事業承継の重要な要素は4つ、ひとつ目は、企業の将来性、ふたつ目は、人材、三つ目は、管理組織、そして、四つ目は、政策だろうと思うが、欠けていると思はれるのが一から三までだ。 
 我々はその三つについて支援をしていくことが使命だと思っている。

2008年6月12日 (木)

こんな子育てOK!

 かって、八千代市が次世代育成支援行動計画を策定する為に審議会を設けた。
そこで計画案を策定し答申する直前の話だ。
 この委員会の委員長をお勤めの女性(ここは強調しておく)の大学教授がぜひ前書きを書かせてくれという事でそのドラフトを提示した時のことだ。
ある女性の市民委員から子供達に失敗をさせるのですかと反論があった。
 ことはこういう事だ。
”子どもたちは失敗を繰り返しながら育っていく”というくだりにかの女性は噛みついたのだ。
 呆れた、この女性は我が子を何の間違いもなく育てるのが子育てだと考えているかのようだ。
これには他の女性委員からも同感の旨の意見があった。
呆れた!全く呆れた。
 人はただの一編の間違いも犯してはいけないのか!あなた方は今までに一回も間違いを犯してこなかったのかと問いかけた。
 ふざけるな!ビジネスの世界でも無謬で済むことなどない、むしろ誤謬の山だ。
決してしてはいけないのは、取り返しのつかない失敗だ。
 そのためにいっぱい失敗すればよい。

2008年6月11日 (水)

孤立する人2

 きのう書いた家族の愛について詳細に書こう!
祖父は、落ちぶれ庄屋の二男、祖母は小さな部落の旧名主の娘、父は祖父の営んでいた果物屋の後継ぎ、母は農家の二男で東京に出て袋物職人となった祖父の長女。
皆、今次の大戦で東京を追われ、かつての故郷に落ち着いたという構図、この夫婦の間に生まれた長男が私という訳だ。
 同居の祖父は身一つでどこでも生きていける人、祖母は体面を気にする人、母はどちらかといえばステレオタイプ、父はお坊ちゃん育ちなのに前の大戦で人生の方向が全く変わってしまった人。こんな環境で私は生まれ育ったのだ。
 四人四様その人生を大きく変えさせられて生きてきた人たちだったのだ。
手探りで生きる決して豊かっでなかった我が家。それでもその信頼を疑う者などひとりもいなかった。
 しかし、我々兄弟が成人しそれぞれの家庭を持ち子供ができるとその関係は間違いなく希薄なものとなってしまったのだ。
 決した望んでもいないのに!

2008年6月10日 (火)

孤立する人

 私は疎開者の二世である。
私の父方の祖父母は渋谷道玄坂からの疎開者である。母方の父母も蔵前からの疎開者である。
私は、父方の故郷の市原市の旧千種村で生まれ育った。
小学校の入学から高校卒業までの期間その故郷で過ごした。
 小学校へは長髪で半ズボンにランドセルで通った、そのころの子供たちは長ズボンに素足にズック、肩から掛ける布製のカバンスタイルがほとんどであったから当然のように私はいじめの対象だった。
 渋谷からの疎開者であったところから「渋谷のチャンコ」と言って石を投げ付けられながら育った。
私はそこでは異端そのものであった。はじめから地域に疎外されて育ったのだ。
 前に書いたように死を考えたことも度々であった。しかし、そこで挫折しなかったのは、同世代の女の子の憧れの眼差しで見つめられているような錯覚と両親や祖父母からの惜しみない愛情だったのだと感じている。
 人はたったひとりでもその存在を認めてくれる人がいれば生きていける。

2008年6月 9日 (月)

不機嫌な人々

 昨日の秋葉原での通り魔事件に限らず最近類似の事件が多い。
朝、家を出る娘に人通りの多いところは注意するように言ったら、「どうやって注意するのよ」と反論され言葉に詰まったが、注意するに越したことはないのだ。
 最近街ですれ違う人たちの何と不機嫌そうなこと、朝から不機嫌なのだ。
よほどこれから向かう先に不機嫌のタネがあるように!
 いつから日本人は朝から不機嫌になったのだろうか?

2008年6月 6日 (金)

行動と人間力

 人の話を聞かない人が多い。
そうは言っても、とか、でも、とかハナっから受け付けない人が多いのは事実だ。
スピード化、グローバル化し情報過多の社会で人が孤立している。とても皮肉なことだと思う。
 如何に社会が情報化し拡大しても、いつの日もFACE TO  FACE (人の交わり)に優ものはないと思う。
そういう意味で人格を磨く必要があると思っている。

2008年6月 4日 (水)

ふるさと

 小学校の入学式で並んだすぐ後ろの男の子に突かれて泣いて以来長く私は弱虫と自分にレッテルをはって生きてきた。
 小学校では疎開者の子供として疎外されて育った。猶いつ救いであったのは話の通じる同級生が幾らかいたことだろう。
 だから生まれ育った処はあまり好きではない。
うちの墓はその地にあるので年に3回は墓参りに行くが、その地域が衰退し見知った人が年老いていく様は哀れに思える。
 私のルーツはどこにあるか、いつか書いてみたい。

2008年6月 3日 (火)

下田行き

 もう何年になるだろうか、年末に読みたい本をしこたま抱えて11時発の「踊り子号」に乗る。
行先は最近下田東急ホテル(年末に一人旅は日本ではあまり歓迎されていないらしい)のシングルルームだ。
もう、かれこれ10数年になろうか。家族はもうすっかり年末に私が家にいないことに慣れっこになって仕舞ったようだ。
 そこで、読書の他にするのは、手帳を繰りながらこの1年間を振り返ってエポックを拾い上げることだ。
この効用に気付いたのはちょうど50歳になった年の下田籠りの時であった。
 人生50年この後をどの様に生きるか考えることは度々あったが、このとき生まれてからの自分史(エポック・リスト)をめくりながら考えた。 
 今まで何と周囲のことに囚われた人生だったかと、社会や周囲の人間関係に合わせるような窮屈な生き方だったと。
生きた50年をこれからの自分と社会に正直にコミットしていくことが私が私らしく生きることだと悟った。
 自分の信念,信条(心情)に忠実に生きたいと思う。
今は心がとてもシナヤカだと感じることが多くなってきた。
 自分史をエポック・リストにしてみて振り返るのも悪くはありませんよ!

2008年6月 2日 (月)

悩む力2

 その日に一気に読んだ姜尚中の「悩む力」を。
年齢が私とダブることもあってはじめから興味ある一冊であった。
内容は、資本主義が帝国主義化していく過程で自我と他者認識に悩む100年前のマックス・ウエーバーと夏目漱石を取り上げてその苦悩を浮き彫りにすることでグローバル化し情報過多の中で自由を十分に享受している筈の現代の孤独・孤立、、、、、、、、。
 独立して21年試行錯誤の連続であったが、はじめ気恥ずかしく感じたわが「事務所の経営理念」の中の「人格を磨き」とか、「第一級の会計ファームを目指す」とかは少々気恥ずかしい気もするが今は確信をもって人々に云える。
 信念なき、理念なき経営はその存在意義を疑われよう!

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