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2009年12月

2009年12月25日 (金)

今年最後のブログ

 今日で本年の業務は終了する。スタッフがクライアントに行って日程の話がでると早いねー、いいねーと皮肉交じりに云われると云っていた。確かにそうだが、私どもの今年の業務が予定どおり進んでいれば何の障害もない。
 今日は、私の誕生日のお祝いを2つ頂いた、一つは大同生命の小沼女史から還暦のお祝い、そしてスタッフから2回目のブログ集。みんなのコメント入りだ。
 嬉しかった、誰に自慢しようかな、下田へ向かう車内でゆっくり楽しもうか。昨年も車内で朝の日を浴びながらそれを読んだっけ!

2009年12月24日 (木)

帝国主義

 産業革命は資本主義を誘発し、その資本主義は帝国主義を生んだ。先進国のはざまで超民主的ワイマール憲法を配したワイマール共和国はヒットラーの独裁政治を生みだす母体となってしまった。
 やがて、遅れてやってきた帝国主義国のドイツ、イタリヤ、日本が枢軸国として先に帝国主義の実利を享受していた列強と衝突してゆくのは歴史的必然であろう。
 いま、何故「坂の上の雲」なのか意味がわからない。日本の近代化はつまり、帝国列強に伍して世界にデビューする過程だろう。
 いま、世界は新帝国主義たるグローバル金融資本主義の崩壊による未曾有の不況のなかにある。
あの時も、その状況打破は武力で解決するしかなかったのだ。教訓は生かす必要がある。

2009年12月22日 (火)

今年も暮れゆく

 このブログも後22回で500回を迎える。当初は相当な意気込みもあったし沽券にも拘わると思っていた。
でも、よくもまあ~続いたものだと思うと感慨深い。
 さて、今年も暮れてゆく。これだけは誰にも止められない。やがて来る年はどのような年であろうか、緩慢な衰退と私は前にも云ったが、すべてのものが無くなるのではない、時代に適応出来ないものが消えてゆく、つまり「適者生存」が厳格にはたらく社会の到来であろう。
身構えなければならない、世界の中の日本、そして我々の地域、わが存在を強烈に意識していかねばならない。
 誰も手を差し伸べてはくれない、わが道を自分自身で模索し、歩まねばならないだろう。厳しい道のりとなろう。
怯んだものが脱落していく。

2009年12月21日 (月)

私も還暦

 ついこの間、トイレでふ~っと、あと5年で私も年金受給者だと突然思い至った。
年金受給者という響き、つい最近まで他人事のように思っていたのだが、これが急にわが事になって降り注ぐ。
 先週末、子供たちが私の還暦祝いをしてくれると云うので、よく行くレストランで彼女たちのお祝いを受けた、のだが、ハナッから赤いちゃんちゃんこだの帽子だのを着せられて周りのお客の視線が気になりはしたがそれはそれで嬉しかった。
赤いちゃんちゃんこはサンタのベスト、帽子は同様に三角帽子、オマケに蝶ネクタイまであってこれではまるでサンタ(私の髭も相当白くなってもいるが)である。
 家族5人でのお祝いは心に沁みた。

2009年12月18日 (金)

住まい

 今朝、お祝いに行こうと思って中々行くことが出来なかった関与先のお宅の新築祝いに行ってきた。
すべて杉のむく材を使ったWOODY HOUSEなのだ。玄関から入った居間は吹き抜けで無蓋でオーストラリア製の薪ストーブがあり、太陽熱を導いて床の隅から温風が出る仕組み、広いサンデッキに木質の引き戸、南からの日差しを一杯に受け容れる大きな窓ガラス。
 日本の家屋はこうでなくちゃと思わせるつくりである。
家内が一目見たらきっと気に入ること請け合いだ。我が家は古くなったと云っても将来の家族構成もはっきりしていない現在では建て替えの時期でもない。
 でもその時のために色々家はみておこうと思う。又、自分のライフスタイルもよく考えておくことだ。

2009年12月17日 (木)

嵐の前の静けさ

 最近は、鳩山政権の素人振りが話題になっているが、政治は難しい。
かつて、塩野七生氏が古今東西、傑出した政治家を一人挙げろと言われたら、迷うことなくジュリアス・シーザーであると云っていた。
 鳩山由紀夫と彼の英傑との違いはどこにあるのか考えてみよう。まあ、比べられる方が気の毒な気もするが。、原理原則論や愚衆の民意を謙虚に聞くだけで国家が治めやれようか! 政治は難しい。
 ところで、日本経済は円高や株価が一応落ち着いてはいるが、何かヒタヒタと景気の二番底が訪れようとしている気配だ。

2009年12月14日 (月)

申告納税制度と民主主義

 今日、税務署長と八千代市の教育委員会に加賀谷教育長をお尋ねしてきた。
用件は、千葉西税務署長の佐藤氏が先の納税表彰式での協力のお礼と今後の租税教育のより一層の協力のお願いと云う事であった。
 私も教育長とは以前から面識もあったし、今は税理士会の支部長という立場でもあるし、税に関する税務署の活動には協力する立場にもあったからである。
 税は、申告納税制度は、民主主義の、資本主義の根幹をなす制度であるが、私のみるところ、この国は本当に民主主義国家かと疑いたくなることが多い。
 日本人は税の支払いを「取られる」と云う言い方をする人が多い。民主主義国家のその成員は国民である。国民のための国家運営に必要な税はつまり会員クラブの運営のための会費ではないか。
これを払わないまたは取られるという感覚にこの国は民主主義国家ではないとつい思ってしまう。
 それにしても徴収の局面での評価は、つまり歳出での非民主主義的扱いが影響していることは論をまたない。歳出・歳入の両面で真の民主主義国家でなければならない。
 そうならない多くの原因はその会員たる国民の怠慢以外のないのだ。政党だけのせいではない。

2009年12月11日 (金)

やっと週末

 今週は長かった。取分け夜の長かったこと、あと一週間、夜のお勤めが終われば今年の忘年会は終わる。
日本では何故年末に催される宴会を忘年会と称するようになったのか広辞苑とブリタニカで調べてみたが、一つには、その年の労苦を忘れるための行事、そして、日本人生来の人付き合いを大事にする性向の表れという。
 何とも、日本人らしいではないか。
でも、連チャンやダブリのようなハードな宴会が続くのは閉口だが、とても良い慣行に思えてくるのは因る歳並みのせいか世代のせいか。
まあ、どうでもよいが、人とひととの関わり合いを大事に出来ない社会はその勢いや輝きを失ってしまうだろうと思っている。

2009年12月10日 (木)

師走のこの時期は!

 12月に入るとこれはもう忘年会と称する飲み会が急増する季節。
私もご多分にもれず先週末からその慣習に突入している。今週は7日の内忘年会が6回、月曜日は2つこなしている。
 来週をこなせばこの年末はどうにか先が見えてくる、わが事務所は25日で業務を終了する予定でいる。年末年始はゆっくりして、激動の時代を生き抜くビジョンを明確にしたいと思っている。
 来年から数年間は先を見て手を打てるところが生き残っていくような気がしている。
世界の趨勢をしっかり見ていこうと思う。

2009年12月 7日 (月)

百越会と云う会

 先週末、今年二回目の会のコンペと忘年パーティがゴルフをしない方々も入って行われた。
もう、何年お呼ばれをしているのだろうか、この会は税理士の成田支部の先生の有志の方々が運営していて職員も参加する親睦活動だ。
他の支部にはないユニークな会であるが、千葉西支部の私の外何人かのゲストも参加している。
私も家内と参加しているが、もう何年になるだろうか、兎も角楽しい会なのだ、いつもご案内が頂けることを期待しつつ、楽しみにしている。
 成田支部のそのホスピタリティ溢れる気風がとても心地よい。
そんな関わり合いが持てる事に感謝をしたい。

2009年12月 3日 (木)

紅葉のおわり

 八千代台の、勝田台の、街路樹の銀杏がその葉を黄金色に染め、そして、いま、歩道に絨毯を敷き詰めたように散っている。
 先月上旬に訪れた奥入瀬はもう紅葉の盛りを過ぎていた。三日間滞在したが、内二日は小雪が舞った。秋の終りであった。いま八千代は冬の初めだ。
 「盛りの後先」という一文を書いたが、いまは秋が終わったことを実感できる。
日本は一年で季節が循環する、冬が明ければ間違いなく春が来る。
ただし、どんな春が来るのかは分からない。
心して次の春を迎えようではないか!

2009年12月 2日 (水)

税理士会年末ゴルフコンペ

 ちょっと内緒だけど、月曜日に開催コースの下見を兼ねて練習ラウンドをしてきた。
自分で提供した支部長杯を実はその取切り戦でシッカリ頂こうとの魂胆である。自分で提供した優勝杯を持ち帰ってなにが面白いというのかと問われれば、勿論、参加するのであれば勝ちたいと思うのが人情だ。
KYと云われようが立場をわきまえないと云われようと、そんな雑音はこの際カット。
どうせKYならその上をいくSUPER KYつまりSKY(スカイ)といこうか。KYを超えれば天空である。その高みに登ってこの一年を終えるとするか。
 何故って、日、月の連チャンラウンドに思わぬ手応えを感じている。風邪の心配ももうない。

2009年12月 1日 (火)

もうすぐ、師走

 あっという間であった。年頭の挨拶をして、今年度のキーワードと重点目標を明らかにして新年度への対処の方針を決めたのはついこの間であったような気がする。
 今年は、私のガン騒ぎに始まり、税理士会の支部長就任とその業務の履行、未だ景況の定まらない世界、取分け中小企業の置かれた現況、体力の衰えを痛感した1カ月にわたる鼻風邪状態、そして、いよいよ迎える還暦(つまりシニアー世代への突入)。
 その間、周りでも幾らか状況の変化はある。経済は停滞したままだが、底辺での人材育成や、親族関係の変化、厚みを増す組織内の実力、そして時代の変化に対応できるであろう先見的取り組みの数々。混沌とした時代を生き抜く秘訣はない。
 しかし、先見性と柔軟な本物の手腕、これから求められるのは本物の実力だろう。

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