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2011年2月

2011年2月28日 (月)

最近のクライアント

 最近、クライアントになった企業に以前からの知り合いや間接的に話を聞いていた方々が多い。従って、初対面のお互いに探り合うような関係が無いのが特徴だ。まあ、うちはHPからの一元の訪問者は元々少ないし、営業ツールとしてHPを位置づけしていない。
 HPを見て訪れる方々は多分他の事務所も検索して比較してから訪れるのが大半であろう。それはまず切り出す条件が料金だから分かる。今、会計事務所と一口にいってもそのメニューや手法はかなりの違いがある。なのに、いきなり料金の話しが出るのは、通り一遍の従来型サービスしか頭にない証拠である。そこでは我々会計事務所が関われる範囲は限られてしまう。
 今は、会計事務所といえども会計や税務にだけ関わっていればよい時代は疾うに去った。経営に関わるあらゆる事象に対応しなくては経営者は満足しないであろう。経営の「ONESTOP SERVICE」が必要なのだ。

2011年2月25日 (金)

まち興し

 バブルがピークアウトする前後、日本の各地でまち興しや村興しの活動がファッションのような広がった時期がある。そして、余裕がなくなった又は情熱の冷めた地域も多かった。その後、本当に過疎化が深刻になった限界地域が真剣に地域振興に取り組む事例やB級グルメで注目を集めようとする地域も数多く出てきた。
 地方や地域の真の活性化にはどう取り組めばよいのか、見解は数多くあるだろうし、手法も多くある。只、云えることは、「地域」を考えるのならばヨーロッパの多くの国が嘗て小国家の集まりで出来ている様にその独立自尊の価値と様式・文化を考え合わせなければ地方の「独自性」は浮き彫りにされてこない。
まずは、その地域の「独自性」、つまり価値の所謂共存価値の掘り起こしが必要なのではないか。此処でも経営戦略策定に関わる環境分析手法が生きると思うがどうか!

2011年2月24日 (木)

体重

 先々週、5日程商工会議所主催の海外視察研修で台湾を訪問したことはすでに書いた。その間、日々三食御馳走を食べ通し、すっかり脂の乗った体になってしまった。この間、怖々体重計にのってみれば1キロ以上ウエイトオーバーだ。此処へ来てやっとベルトの締りが良くなってきたが、体調は今ひとつ。やはりこのモヤモヤはゴルフのラウンドでしか解消されないようだ。この週末は行ってくる。健康回復の為に!

2011年2月23日 (水)

存在

 日本では、外出先で度々不愉快な場面に出くわす事が多い。街を歩いていて方向も変えず肩からぶつかってくる人。面と向かっても道を譲る気配のない人。人にぶつかっても声をかけない人。混んでる車内に声も掛けず分け入る人。電車の扉が開くと降りる人をかき分け乗り込む人。エレベーターホールでドアが開くなりいきなり飛び込んでくる人。街では「我」が優先し、人の存在を無視したような行動を取る。こんな人たちは家では、家族の中ではどんな態度をとるのだろうか。人は躾けられていたり、身に付いていることしか咄嗟には表現できない。
好きな仲間同士だけでこの世が生きられるのならそれでもよいが、一般社会は違う。彼らは物質的に豊かになった日本で安全な社会を満喫しているのか、他人の存在など考えなくなってしまったのだろうか。
 一言、声をかける習慣があったらもっと心地よく生きられると思うのだが。

2011年2月22日 (火)

人間関係

 今時の若者は、人との関係を持つ事や交流を苦手ないしは避けるということが多いと聞いている。確かに煩わしいと思う事も度々あるのは事実だ。しかし、だからと云って出来るだけ人との接触を避けると云うライフスタイルはどこから来るのだろうか。
 人がその存在を明らかにする努力を要しない社会(文化や価値観が単一の社会)は、一見、有り難い社会に見えるが、果たしてそうか。
 人の理解はその人の在り様と相手の在り様が交差するところから始まる。これを省略して済むには、すでにお互いの存在を肯定出来ているからこそだろう。今、日本で見も知らずの人間を残酷な手段で殺戮する行為の背景はこの共有関係が断ち切れているからではないだろうか。
 グループの中で生きる動物ならば自分の存在は自分で明らかにするのが原則だ。これが出来ないものにその存在が認められないのが、生物の定めだ。
 もっと足元を見つめてこの社会で生きよう。それにしても、誤解を抱えた儘その関係が途絶えるのは気鬱なものだ。

2011年2月21日 (月)

民主制

 世界の各地、取り分け中東地域での民主化騒動は共和制と云う表面とは関係なく、独裁的でかつ、長期政権の国で起きている事に共通性がある。当初は貧困や差別の解消を掲げて革命を起こした英雄たちも政権が長期化すると何れも独裁的で独りよがりの政治となってしまうものだ。
 長期政権は必ず腐敗する、聖人でも。
組織の活性化は何時でも、何処でも必要なのだ。
ところで今、このジャスミン革命の波が押し寄せると世界が混乱する国々がある。それはサウジアラビア・中国・ロシヤである。

2011年2月18日 (金)

経営改善計画とは

 経営計画には中期事業計画としての経営計画の他に「革新・改善・再建・清算計画」の4種類がある。
後に行くほど深刻度が増すのだが、最後の清算計画は消滅を前提とすることで他と異なるし、革新計画は存続成長を目的とすることで他と異なる。
 ところで、この不況(日本国内での不況)下、中小・零細企業の多くが資金繰りに窮し、借入金の返済条件の緩和を金融機関に申し入れている。この数、融資件数で97万件を超える。今や重大な国内経済問題である。
 この事態を救済するために一定条件をクリヤーした貸付金は不良債権と看做さないという特例法が一昨年末に実施され、今年一年間の延長が認められた。
 その条件の一つが一年以内の経営改善計画の提出である。前から三つまでの計画の手法は過去・現在の状況把握と今後の事業展開を考えると云う意味ではほとんど変わらない。
 つまり、これからの経営は、今健全であろうと水面下にあろうと現状把握と環境分析と経営戦略や経営計画なしでは、霧の中をレーダーなしで航海する船のようなものである。

2011年2月17日 (木)

上海の民と台北の民

 昨日まで台湾の話を書いた。偶々、昨年上海万博に行く機会があって、今度また台北で万国花博覧会が開催されておりそこも周る機会があったので、両万博での現地の家族連れの行動様式の違いを書いてみたい。
何れにしても、本国人の入場者が殆んどで他国からの入場者はほとんどいない(流石に上海万博では日本人の姿もちらほらあったが)のは共通している。益してや、先進国からの入場者など皆無である。
 上海万博はVIP 待遇だったので事なきを得たが、会場の何処でも、扉が開くと並んだ順番は悉く無視され皆々入り口に向かって突進する。激烈な競争社会であった。
 一方、台北での花博は家族連れや若者同士グループでも実にのんびりしていて、人をかき分けるでもなく、目上の者に優しい。
 同じ中国人とは思えなかった。この違いはどこから来るのだろうか?

2011年2月16日 (水)

台湾紀行 2

 昨日に続いて台湾行について書く。台北の日本工商会を表敬訪問をしたが、そこで聞いた話や見聞きしたこと、それにこれまでの知識を総合して台湾それ自体や日本との関わりを考えてみる。
 1985年より1945年までの50年間は日本の領土であった。日本の総督府が置かれ、4代総督は児玉源太郎、民政局長官は後藤新平、民政局長は新渡戸稲造。彼らをはじめ時の日本政府はその国家予算の5分の1に当たる財政負担をして台湾の近代化を図った。
 サトウキビや米による農業振興、そのインフラ整備の一環として烏山頭ダムを台南地方に造った。担当した土木技師八田与一は台湾では英雄である。
 豊かな暮らしと工業技術の移転による産業発展の礎を作った日本人に好意と親しみを持っていることは間違いない。
 今は、日本語教育を受けた世代から米国留学世代へと変遷はあるものの、日本との関係はその人的交流、そして貿易額に表れていると云える。

2011年2月15日 (火)

台湾紀行

 10日から昨日までの5日間、初めて台湾に滞在した。李登輝氏のいる国、故宮博物館のある街、EMSで世界に冠たる国。それが、行く前の想像とはかなり異なった印象を持ったものだ。九州ほどの国土に5分の1の人口、国ではなく地域としての扱い、原住民に加え広東や福建からの渡来人、1949年前後の国民党の一群等の人民構成。
 EMS ビジネスを中心とした貿易経済、主要取引国は断トツに中国本土と日本。
戦後の高度経済成長を遂げた日本にダブル。これからの成長エンジンは何か!
 ところで、我々日本人に対する態度、そして彼らの生活モード、これは日本にも中国本土にも無い、優しく温かな風情が溢れている。とにかく温かく優しいのだ。そして友好的である。今回万国花博覧会というイベントが台北であり、正月休みでもあって家族連れでの来場者が多かったのだが、我々に向ける眼差しがある種の羨望と同朋意識が重なってとても心地よく感じられたのは我々夫婦のみであったのだろうか?
 そう云えば昨年友達と行った長女はすっかり台湾のファンである。

2011年2月 9日 (水)

リ・テンホイ(李登輝)のいる国へ

 明日から商工会議所の視察旅行で台湾を訪れる。訪台は初めてだ。楽しみである。何故か、初めて訪れるところは何処でも心弾むものだが、此処は特別だ。まず、故宮博物館がある。数年前、やはり視察で訪れたニューヨークでは時間が無くてあのメトロポリタン美術館に行けなかった。今でも心残りだ。今回は旅程にも入っているから大丈夫、フリータイムもあるから気が向けばもう一度足を運べる。
 そして、あの新渡戸稲造を心酔するリ・テンホイ(李登輝)氏がいる国なのだ。会えないだろうが、同じ空気を吸うだけで十分だ。
また報告を書こう。

2011年2月 8日 (火)

シェルパ レポート

 今日から当事務所の方針や取り組み、お知らせをレポートにして月に一回顧問契約先の皆様に配信することにした。
これも我が事務所が策定した中期経営計画のアクションプランに於ける広報委員会所管プログラムで、事務所の中期的構想の、かつ、全業務的視野における具体的な取り組みの一つであり、全員で決めた経営計画である。
 組織の将来を決めるものは、ピジョン、経営理念、行動規範等の価値や方向を決める要素に拠った中期的(3~5年)戦略の策定である。これに基づく短期的アクションプランが出来、実績の評価をして改善に向かう。つまり、PDCAを回すのだ。
 これが自主的に循環的に回るようになったらその組織は成長軌道にあると云ってよい。

2011年2月 7日 (月)

支部長の独り言

 先週末は「雀の独り言」を書いた。今日は税理士会の支部長職が満了に近い「税理士の独り言」を書いてみよう。
 通常の路線で無かった者が突然指名を受けて支部長職に就いたのは二年前。まず襲ったのが組閣、そして数々の人事。これには辟易とした気分になったものだ。支部や支所および上部団体や関連団体の役員等の人選、これが全て支部長案件なのだから。
 そして、湧いてくる支部での懸案処理、これが全てと云っていいくらい支部長決済なのだ。後悔したことも数多くあったが、今となってはどれも思い出深い事柄となった。
 何故ならば、大半の問題に対して適切な指示や判断が出来たという自負があるから。今は、いい経験をさせてもらったと私を口説いた仲間にも感謝している。

2011年2月 3日 (木)

人間の世界にもきっと!

 今年の「星野富弘の詩画集カレンダー」の1、2月号の詩画が気になったので此処に書いてみたい。
その詩画にはこうある。
 芽の膨らんだ桜の枝に止まった雀が三匹、こう呟くのだ。

   人間はいいねえ
   つぎは人間に生まれたいねえ
   米いっぱい作ってたべよう

とある。
実はこの詩画集、我家の場合、トイレに座ると正面にある。毎日朝、ご対面する。
ここ一カ月これを見るたびに違和感を覚えるのだ。
 人間の立場から見れば逆だろう。
リスクを負わず出来たものをつまみ食いする方が絶対楽だ。
 どこかの国でも、出来た形の中だけでしかものを考えない者たちが増えている。

2011年2月 2日 (水)

書面添付

 前月末、我が事務所の最近の取り組みを書いたが、今日はそのうちの「書面添付」活動への取り組みを書いてみたい。
 この活動は、関与先様への「税務調査の省略」を第一の目的としている。この取り組みが翻って我が事務所の業品質の向上に繋がり、業務プロセスの展開を洗練されたものへと向かわせるのだと思っている。
 今、税を取り巻く環境はその「負担の軽重」や「範囲の広狭」と云うよりももっと、その負担の根源となる主体の存立自身が問題となっているように思えるのだが、どうだろう。
 つまり、、社会の・企業の構造自身が問題視されているのであって、もっと根源的で根本的な問題が提起されているのだ。
 これからの、経営を考えるのならば、そのあり方自身を例外を置かず考え直してみる事だ。
我々も、会計事務所の本来的業務とは何かを常に考え、取り組んでいこうと思っている。不断の努力こそ重要である。

2011年2月 1日 (火)

支部長職を振り返って

 今年の3月末を以って、2年間務めてきた税理士会の支部長職を終える。会員約250名を数える支部での立場、そして、長く会務から遠ざかっていた状況からの就任であったが、今思えば、想像を超える出来事や業務内容に何度立ち往生したことか。
 それも任期終了間近になれば、「困難な状況でも一度は『長』という立場を経験することは重要だ」と人に云えるようになった。
 「長」と「副」ではその体験に雲泥の差がある。これはその立場を経験したこと無いものにはーー分からないー。
いい経験をさせてもらった、と心底からそう思う。

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