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2011年3月

2011年3月31日 (木)

今日で支部長任期満了(続リーダー論)

 今日で、2009年4月より2年間務めてきた税理士会の支部長職を満了する。急きょの就任で内心混乱もあったが、終わってみれば就任前の基本方針の表明や行動に問題が無かった事が反証されたと思っている。
 何度も繰り返すが、リーダーたるもの基本方針と取り組み方の具体的指示は欠かせない。
昨日の東電の会長の会見の記事を日経で見ていて驚いた。1~4号機を廃炉にすることも検討していると。
ふざけるな!それでは事故後の対応は復旧を視座に対応してきたのか。事故直後、現地視察に行った何処かの首相は、その後、東電本社に足を向け、叱咤激励するどころか、早急に何とかせよと怒鳴り散らしたそうな!
こんな時、本物のリーダーなら今、何を最優先に考えるかを伝え、国も必要な支援はすると励ますのが本当だろう。
怒鳴り散らして行動を促すとはリーダーに有るまじき行為だし、経営者の存続優先の言動は現場で命を懸けている従業員達にその使命感を伝えられるのだろうか。今は何が優先されるのか真剣に考えておかなければならない。
 今朝も、各国の報道は日本人の行動を称賛している。こんな気持ちが切れる前に方向を示せ。!

2011年3月29日 (火)

日本にリーダーは生まれるか

 日本の現在のリーダーがどうだとか云いたくない。戦後日本にその時期に相応しいリーダーはいた。戦後の混乱期、復興期、高度経済成長期には各分野にリーダーがいたのは事実。何時の間にか日本にリーダーと謂われる人物が居なくなった。今もいない。彼らは自然に生まれるものだろうか、いや、違うと思う。いつの時代にもリーダーの資質を持った人間はいると思いたい。時代やその環境が彼らを認めないのではないか、選んでおいて、ツベコベ云う、任せることをしない。そんな時代に真の指導者が生まれ、実績を上げられるとは思えない。
この天災も理不尽な欲望と優柔不断な政治の生んだ人災と云えなくもない。心して、この天災を我がものとし、真剣に世直しとして取り組んでいく勇気がいる。
 全ての結果は、その選択した者たちに返るのだと知ることだ。こんな時期、見識と実力が試されている。

2011年3月28日 (月)

寄付金か特別会費か

 今、東日本を中心に発生した大震災に対する支援が日本のみならず世界に広がっている。取り分け、音楽界はそのジャンルを越えて支援コンサートのような企画が多く伝わってくる。一方日本では予定通りの開催を発表して顰蹙を買ったプロ野球のセ・リーグのような団体もある。そこへいくとJリーグが災害支援をいち早く打ち出すあたりは時機を得た行動だ。
事はグローバルとガラパゴスの違いだろうか、日本相撲協会の対応を思い出せば歴然である。
 話は変わるが、被災地に対する支援活動で一番多いのは、お金での支援だろう。市民的には既存の寄付団体を使えば、税法上の寄付金の取り扱いが出来るからこれに従えばよい。
しかし、商売や業界の関係団体からの支援要請には単なるお付き合いとなってしまうことが多いだろう。
 こんな方は関係する団体や機関は一つや二つではないだろうから、一々付き合っていたらこれはこれで大変な金額になってしまうし、実際は、それぞれが少額になってしまうのが人情だ。
この環境を変えるために一定の要件を満たせば業界団体の構成員や取引先への支援は全額損金となる取り扱いがある。情報を集めるとよいと思う。

2011年3月25日 (金)

予断と油断

 勿論、テーマは今回の大震災のことだ。今日の日経のコラム記事に目が止まった、今回の震災で不幸にも亡くなられた方々の解剖を行った医師の所見である。
これによると彼が見た死亡原因のうち8割が溺死であったとい云う。つまり、津波による死者が大半と云う事だ。
誤解を恐れず云う。巨大地震が予見できる地域として十分な備えをして来たという国家や地域住民の油断と先入観としての予断があったことは間違いない。
 自然は人間の予想を軽々と越える恵みも災害をもたらす。
大正12年に起こった関東大震災では首都東京が被災し、15万人程の死者行方不明者を出し、東京は一面焼け野原となった、過る太平洋戦争では150万人の死者を出し、3.10の大空襲では10万人の死者を出し首都東京はこれまた焼け野原となった。
 戦後の奇跡的な復興と高度経済成長はこの後の事である。日本人はキャメロン首相が言うように高度の精神性を持つし英知と勇気で必ずこの難関を乗り越える事が出来ると確信している。

2011年3月23日 (水)

悔悟ないしは悔恨

 昨夜、就寝前にアルコールを遣っていた時の話。ある夫婦の行き違いの顛末を話していて我家の周辺の人達の老後のはなしに話が及んだ。老境に入れば若い女より古女房が頼りだと云った話だったと思う。ひとの話からいつの間にか我家の話になって、妻がひと際力を込めて不義理をした亭主の介護などに手抜きや報復は当り前よ。との発言に現実味があって私も不安である。
 心地よく老後を迎えようとしていた矢先の衝撃である。

2011年3月22日 (火)

被災地へ

 今日、3.11 2:46 に巨大地震に遭遇した白子海岸を通り、大津波警報が出て籠城した九十九里海岸からそう遠くない夷隅川の畔にあるクライアントに再び出向いた。
 朝から何となく気も進まず、ふっと不安もよぎる。こんなトラウマを抱えつつ出向き、税理士会事務局に義捐金の取り扱いについて指示を出すもそこでも不気味に大地が揺れる。県東方沖の震源という、これが3回、つい過日の津波警報を思い出してしまう。
 現実に災難に会ってしまった人達の苦境が身に沁みる。義捐金を募り被災地に一刻も早く送りたいと思う。
これが支部長としての最後の務めかもしれない。被災地の救援と復旧,そして日本の一日も早い復興を望まずにはいられない。

2011年3月18日 (金)

励まし !

 昨日はカナダからの励ましの話をした。今日はロータリークラブの例会があってその帰りの車内で点けたTBSラジオのキラキラという番組で紹介されていた励ましの話だ。卒業式が延期されたある付属高校の校長先生が卒業生に送った高校を旅立つものへのメッセージである。私も若者を教える身となって、教師ならではのその職業的特権を知るものとして、より一層眩しく思えたので此処に紹介しておく。

http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/

2011年3月16日 (水)

カナダからの励まし

 今日10時にカナダのバンクーバー在住のKevin Verie氏から被災を気遣う励ましのメールを貰った。嬉しかった。心強く思えた。遠く海外で気遣ってくれる人がいる、これだけで勇気が湧いてくる、友はいいもんだ。
Kevin は次女がロータリークラブの青少年交換留学でカナダに留学した時の最初のホストファミリーだ。ルースは厳しくて怖いとメールで訴えてきた家の家長である。彼女が滞在中,当地のロータリークラブを家内とともに訪れ,
歓待されたのは7年前の事だ。Kevin は我々の滞在中、何くれとなく優しく面倒を見てくれたひとである。
 留学生だけでなく訪れた親たちとも交流の絆が持てる、R.Cの交換留学に明るい未来があることを祈る!
Thank you Kevin ! We must rivive neary.

2011年3月15日 (火)

東北関東大震災

 マグニチュード9の大震災が発生した、すでに、3日が過ぎた。災害地の被災状況は想像を絶する容易ならぬ事態である。かつて、緒方貞子氏が語ったことがある。被災地の再建は3段階あると。先ず、救援、復旧そして復興である。
今は救援そして復旧である、つまり、命そして生活環境の確保である。
 昨日、自宅待機になった会計士の長女はツイッターをワールドワイドで見ていて、こう呟いていた。
欧米や中国発のツイッターが悉く云っていたのは、こんな大災害が生じているのに略奪や暴動・混乱が起きていないのはまさに奇跡であると、絶賛しているものが多いのだと。これは、多分、教育程度の高さと倫理観の高さによるのだろうと。
思わず、本当かと思ってしまうのは私だけだろうか!

2011年3月14日 (月)

災害 2

 土曜日に私の災害体験記を書いた。確定申告期の終盤に発生した大震災に私の立場は会計事務所の所長、税理士会の支部長そして家長である。先ずは、この時期の大事は確定申告を無事終わらせること。そして千葉西支部の会員の状況確認と対応。そして一家の家長として家族の安全と想定される災難に対する備え。
 これで結構忙しいのだ。また、こういう時は心の準備が極めて重要だ。私が日頃から云っていた突発的出来事に対する対処の良し悪しは日頃の想定と心構えによる。
 今回は九十九里海岸で被災したことで、冷静に十分に余裕を以って判断し行動できる事を知っただけでも収穫があったと思う。

2011年3月12日 (土)

災害

 昨日はご存じのように東北・関東大震災があった。自分の被災体験を昨日は書けなかったので土曜日の今日書いてみる。
 実は、昨日いすみ市の岬町まで仕事があって出かけた。東金で社長を拾い、波乗り道路を岬町に向かって走っていた2時半過ぎ、突然、運転中の車のハンドルが取られ蛇行し始めた、ふっと近くの電柱を見れば電線とともに激しく揺れていて只ならぬ地震だと分かった。すぐにラジオを付け、宮城沖で大きな地震が発生したことを知った。
 兎も角、揺れが一旦収まったら早く本社に着く事だ。海岸に一番近いところを走行しているのだ。
ラジオは巨大地震の模様を刻々と伝え、九十九里・外房は2メートルの津波、到着予定時刻は3時20分時、時間が無い。到着後テレビにくぎ付け、当地は10メートルを越える巨大津波の予報、どうするか早き決めなければと思いつつ、眼下の国道を見れば何事もないように行きかう車、彼らは差し迫った危急事態を知っているのか!
ノー天気野郎どもの群れ。天災を甘く見てはしないか。2階でテレビを見ながら仕事をこなし、津波情報を見つつ対処の方法をあれこれ考える。津波が来るなら此処が一番、安全動かない事だ。時期を見て脱出、安全な道を帰る算段をする。
 5時過ぎに現地を出、海岸よりの道路を避け内陸を行くことにする。車では一人、孤立している。しかしこの状況を救ってくれた力強い味方があった。「BAYFMとナビゲーション」、帰宅設定をすると行く先々の情報が入る。例えば東金有料道路は閉鎖、外房有料は通行可など。
 BYFMは特別番組に切り替え県内の詳細な情報を流してくれる、繋ぎは気持ちを落ち着かせてくれる優しい曲の数々。
車で一人帰宅を目指す身にはどれ程癒されたか・冷静に行動できたか。危難に出くわしたときは孤立を避ける手段が大事と身を以って感じたので此処に書いておく。
BAYFMの皆さんありがとう!

2011年3月10日 (木)

我がリスク・マネジメント

 我が事務所はリスク・マネジメントについても重要な業務の一つとして位置付けている。が、実は、恥ずかしい話だが、最近まで自身のリスクについてはさておき、人のことをツベコベ云ってきたようだ。
 還暦を過ぎて、我家や事務所での立場や環境はやはり若い時とは異なってきている。重要なのは保有する資産と借金のバランスだ。万が一の場合の事業継続と残された者たちへの生活保障、これが第一の課題。そして老境に於ける生存期間の保障、この二つの環境整備が欠かせない。今、既存の保障の見直しをしているところだ。今まで、何と、お付き合い本位で主体性のない加入の仕方を数多く繰り返して来たものだ。

2011年3月 9日 (水)

サービス業とは 2

 昨日に続いてサービス業とはについて医療法人鉄蕉会つまり亀田総合病院のサービスに対する認識を通して専門性の高いサービス業の在り方を書いてみたい。
一般に「先生」と云われる人の仕事のスタイルは上目線であることが多いと書いた、世の中もこんな認識できたところも多いだろう。
 鉄蕉会はサービスの成果は患者さまと共に「協働」することで得られるとし、顧客を外部顧客と内部顧客に分けて、内部顧客、つまりスタッフの満足度が外部顧客、つまり患者さまの満足度につながると云う。
専門性の高いスタッフの満足度は報酬の高さとともに重要な要素は「専門家としてのスピリッツ」を充たす事だと云う。
 しっかりした経営理念と内部顧客、つまりスタッフの充実感を充たす環境づくりが経営者やリーダーの役割だ。
亀田総合病院のキャッチフレーズは「ALWAYS SAY YES」だ。

2011年3月 8日 (火)

サービス業とは

 私たちの仕事は文字通りサービス業である事は間違いない。過去には専門職は「先生」と云われて専門的役務を授けてやると云う上目線のサービススタイルだった。云う方も、云われる方も「先生」はごく普通であった。
 昨日、ちば銀総研で~経営者が見に来る病院~世界水準の「医療の質・サービス」を誇る経営というセミナーに参加してきた。このセミナーに興味を持ったのには二つの理由がある。
 ひとつは、私がその関連するドックで毎年検査を受けているのでその経営者がどんな人物なのか確かめておきたかった事。次に医療サービスといえサービス分野で各方面から高い評価を受けているその片鱗を見たかったのである。
 雪がちらつくなかであったが、行って良かった。満員の盛況であったし、内容も参考になった、これからもドックを続けようと思う。
世界の動向を見つつ、地域医療の視点も外さず最先端医療の提供を模索する姿に、その見識の高さに、共感と示唆を感じた時間であった。
サービスの原点を改めて振り返れたよい機会であった。

2011年3月 7日 (月)

7分間の新幹線劇場

 このテーマ、何の事だと思われるかもしれませんが、折り返しの新幹線の車内清掃の事である。長女の読みかけの日経jビジネスの特集記事の一つである。
約15分で折り返す新幹線の車内清掃に割り当てられる時間は約7分。この時間内にどんな事でも片づけるのだと云う。もちろん世界最速。今、先進国のインフラ輸出競争の中でも鉄道事業はその有力分野であるが、その運用ソフトの一部としても重要な世界なのだ。その事業を受託するのはJR東日本の子会社鉄道整備(略して、ソーテツ)
そのH組22人が取材の対象である。揃いのユニホームに身を包み、入線する列車を整列して迎え、ドアが開くのを合図に仕事が始まる。その間7分、何があっても終わらせる。リーダーは5、60代のおばさん、アルバイトを含めた21人を操る。その秘訣をリーダーは語る、「日々のコミュニケーションと仕事への誇りです。」最強のチームである。

2011年3月 4日 (金)

確定申告の時期

 所得税の確定申告が只今真っ最中だ。我が事務所はこの時期、その早期完了を目指して終了目標日を設定している。今年は3月9日(水)を設定した。だが、今年はその予備日11日でも終わらない。我々の仕事は私どものスケジュール通りにはいかない、相手がある事だから仕方のない部分もある、でも、遅れる先はいつも同じ。
これも日頃の躾けによる又は納得のいく説明が必要だ。これが実に難しい。
しかし、そこはプロの世界、「説得」が我々の大きな仕事だ。来春はキッチリ予定通りといきたい。

2011年3月 3日 (木)

倒産

 今日の日経の地方版に帝国データバンク調べの県内の倒産情報が掲載されていたが、此処のところ倒産件数が減少しているという。表面的には評価されるべき傾向であるが、ご存じのように一昨年末から中小企業金融円滑化法の施行で貸出条件緩和の申し出を謝絶出来ない融資先の倒産が発生していないと云う見方も出来る。
 つまり、倒産が繰り延べられているのではないかと。倒産は資金繰りに行き詰ってデフォルトを起こすことである。返済が出来なくなって経営の継続が出来なくなる事だ。前にも書いたが、無借金経営は商売をたたんでも倒産とは云わない、廃業である。廃業は経営を断念する事だから再生はあり得ない。
 一方、倒産前の事業再生や再建は過去の垢を落とし、コアビジネスに特化するか成長分野への転身かである。
現在のリスケ企業でその再生や再建が出来る割合がどれだけあるのかは社会的に重要な問題である。

2011年3月 2日 (水)

春がそこまで

 今朝、庭の芝生を見た。枯れ葉の間に青い芽のようなものがちらほら覗いている。春がそこまでやって来ている微かな気配。公園へ行けば桜の枝に芽ぶきの気配、ゴルフに行けばモクレンの芽が膨らんである。何処かしこに春の気配がある。今冬は深い雪に覆われた地も訪ねた。この中旬は伊勢から熊野、高野へと古代と宗教に触れる旅をする。多分紀伊半島はこの時期、冬と早春の半ばする旅である。この国の四季の入れ替わり時の心もとなくも穏やかな風情が好きだ。
 地球環境がとやかく言われるが、まだ日本へ春はやってくる。その風情を楽しんでゆきたい。日本の春!

2011年3月 1日 (火)

助け合い

 うちのMA(マネジメント・アドバイザリースタッフ:監査担当者)の古賀が先月22日に女の子を出産した。母子とも健康の様で安心した。これから9月いっぱい産休に入る。うちは担当制なので彼女の担当するクライアントは他のMAがカバーすることになっている。クライアントの皆様や他のMAにはその間、ご迷惑や負担を掛けることになるがご容赦頂きたい。世の中は相身互いだ。いづれわが身の問題でもある。一時のハンディキャップは皆でカバーするのが私どもの流儀。その間、温かい目で見てほしいものだ。
 あらゆる物事は、須らく、長期的展望に立って取り組む必要がある。

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