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2011年9月 7日 (水)

神聖ローマ帝国への旅 3

 神聖ローマ帝国というが古代ローマ帝国のそれとは大いに違うと思っている。共和制ローマからシーザーによる帝政へと移って行ったローマ帝国は多神教の世界で、領域を拡大していった帝政での属領の扱いは税負担のみで軍事・外交は全てローマが負担した。
 一方で神聖ローマ帝国は絶対王政ではない。領邦国家群の中のひとりの王がローマ教皇の信任を得て載冠を受けることで、ローマ帝国の皇帝ということになるのだ。従って地名としてのローマではない。
 ルイ16世の妃として有名なマリー・アントワネットはマリア・テレジア大公の娘であのハプスブルク家の出である。このハプスブルク家もオーストリアの王マクシミリアン1世以来の帝国の皇帝を世襲した家系でもある。
 従って、この皇帝はローマ教皇の権威なしでは存在しない皇帝である。1648年のウエストファリアー条約(30年戦争という宗教戦争の和解)でその帝国の実質的な支配は終わるが、その時点で国家群の数は300余り、徳川幕府末期の諸藩の数に等しい。
 神聖ローマ帝国の皇帝の立場はフランスのナポレオンの圧力でオーストリア皇帝のみと為りその帝国は消滅した、時に1806年(文化3年家斉の時代)。

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