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2013年8月

2013年8月30日 (金)

認定支援機関って!

 皆さま、「認定支援機関」ないしは「経営革新等支援機関」と云う言葉を聴いた方がいらっしゃいますか。「金融円滑化法」と云う言葉は耳にされた方は多いと思います。
 平成の徳政令だの何だのと物議を醸したあのことです。これが今年の3月で終了しました。この後の中小企業経営の支援をしていくための制度です。
 目的は中小企業の財務経営力・資金調達力の強化です。その中身は、健全経営をしていくために必要な信頼性の高い決算書の作成と経営目標を数値化した経営計画書の作成と月次レベルの業績把握と評価・改善と云うことになります。
 つまり、対外的に信頼される決算書の作成と経営の継続と成長のための計画・実行・評価・改善というアクションを採ることを求めています。
 上記の事柄を責任を持って支援していく機関が「認定支援機関」なのです。

2013年8月29日 (木)

夏バテ!

 先週末の涼しさが去って、暑さが戻って来た今週はどうも体が重いし、だるい。これを夏バテと云うのだろうか。今週末は思い切りリフレッシュして、元気に我が夏休みを満喫してきたいと思います。
 50年前の昨日は、後にノーベル平和賞を受賞するあのマーチン・ルーサー・キング牧師がリンカーン記念堂前の広場に集まった25万人のデモ隊に向かって「I have a Dream」と云う後世に残る有名なスピーチをした日だそうだ。
 私も嘗て長女とかの地ワシントンのリンカーン記念堂、そしてそのリンカーンが見つめるリバティー・タワーを訪れたことがある。
 そこには何時の時も「自由」を希求する、そんな空気が漂っている空間に感動したものである。機会があったら、是非訪れることをお勧めする。

2013年8月28日 (水)

気になる高原の天気!

 31日にマリンスタジアムのテラス・スウィートで野球観戦パーティを家族で楽しんだ翌日から我々の夏休みが始まる。例によって蓼科でゴルフ三昧は変わらないが、今回は娘二人を伴ってのラウンドである。
 日本のこの熱暑のなか、高原の天気はどんなだろうか、足手まといの娘どもも居ることだし、酷暑のなかでのラウンドは真っ平御免である。
 下の娘が嫁いでから初めての親子水入らずである。楽しみは楽しみではあるが、勘定は多分うちが被るのだろうか。
置いてきぼりの婿が多少気毒な気もするが!

2013年8月27日 (火)

もう秋の気配が!

 先週末の土曜日は八千代のふるさと親子祭りが開催された。心配した夕立もなく、予想を上回る人出に関係者は胸を撫で下ろす。
 今回は打ち上げ花火なし、露天商の出店なし、こんなことで皆、人の出足を気に掛けていたところである。が、予想を上回る人出で、多目的広場に展開した夜店だけでは捌き切れず長蛇の列もまた、予想外であった。
 予想外だったのは人出だけでなく、青年会議所が企画・自演した手筒花火の競演には感動の渦が舞っていた。
人の感動は何も大掛かりなものばかりに向くのではない事を彼らが証明して見せた。将に、市民のお祭りであった。

2013年8月23日 (金)

この暑さは何時まで!

 真夏日が続いて何日になるだろうか、記憶にない。そう云えば、昨年は6月早々台風が来襲していたと思うが、今年はこの何日か前になって東シナ海で台風発生と伝えていた。こうなると、中国大陸と太平洋の両方から張り出している高気圧をかき分けて日本列島に近づいてくれるかもしれない。こうなれば、一挙に秋の訪れも近いと云うもの。今の日本はもう亜熱帯地方のそれである。

2013年8月21日 (水)

硫黄島からの手紙

 縁あって、硫黄島の戦いの概要を知ったのはつい最近の事である。梯久美子氏の「散るぞ悲しき」の新聞記事を見てからの事である。
 その著書やウィキペディアなどで辿っていけば、「硫黄島からの手紙」には二種類あったことが知れた。映画は見ていないが、クリント・イーストウッドが描いた手紙というのは、栗林はじめ守備隊将兵が家族へ宛てた手紙の事である。
 しかし、他にも「硫黄島からの手紙」が存在した。栗林中将と共に守備についていた海軍少将市丸利之助から時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトへ宛てた手紙である。
 この大戦の責任の一端はアメリカにもあるといった内容であったようだ。「戦の最前線で部下を想い、家族を想い、この大戦の大局を想い、其々が其々の立場で懸命に生きたことだけは事実である。」
 この終戦に際して思うことは多い。

2013年8月20日 (火)

終戦を語る

 終戦の日前後に、過去、と云ってもそんなかけ離れた過去ではない。私の父母や祖父母が体験して聞かせたそんな過去である。
 先の日曜日にNHKのドキュメンタリー「緒方貞子」を見た。85歳の凛々しい姿があった。毅然として、信念に生きる神々しい人だ。
 彼女のUNHCR入りの源点は「何故、日本は戦争に突入して行ったのか」である。そこには冷徹に分析できる人物がいる。知ることはたやすい、分析し生かせる人は少ない。この稀有な人、つまり「緒方貞子」がそこにいる。
 日曜日、映画「少年H]を見た。庶民目線の戦争批判である。胸に沁みる。貞子は云う。「内向き、それは無知に通じる」と。
 

2013年8月16日 (金)

栗林忠道

 昨日、栗林忠道中将について書いたが、その続きである。終戦を前に待ち切れず、「散るぞ、悲しき」を読む前にウィキペディアで調べた。最後の攻撃前に大本営あてに送った有名な「決別の電文」と辞世の句三句(この中に散るぞ悲しきの句がある)がある
 22キロに及ぶ地下壕を掘ってゲリラ戦を指揮し、自軍の三倍に及ぶ敵軍を相手に36日間持ちこたえた。3月26日残存兵400名と共に夜襲をかけ散った、とある。
 昨日、靖国に参拝した閣僚の一人、新藤義孝総務相の祖父は、栗林忠道中将である。彼は栗林の次女のたか子さんの子である。
 祖父が眠る靖国でもある。

2013年8月15日 (木)

今日は終戦の日

 昨日、梯久美子著の「散るぞ、悲しき」を購入した。終戦の年、硫黄島の守備隊の総指揮官として散った栗林忠道が主人公のドキュメンタリーである。
 駐在武官としてアメリカにあり、日米の国力、軍事力の差を十分に知っていた栗林としてはこの太平洋戦争(第二次世界大戦)は絶望的な戦いであることを知っていた筈だ。
 そんな状況の中、軍人として散ったかれの生き様を知りたいと思った。戦に批判的な人が軍人として最前線で死んだ。そんな人の境地を知りたい。

2013年8月14日 (水)

熱中症

 昨日、ゴルフ好きの税理士二人に家内と4人で久しぶりの新袖コースを廻った。先週末の酷暑よりは幾分かよかったものの、随分な暑さで、かつ、歩いてのラウンドである。この夏のゴルフは何回か経験はあるものの、考えてみれば、みんな乗用カート利用であった。
 いやー、昨日のゴルフは仲間の希望で新袖コースを予約したものの3年ぶりである。水不足で芝の状態はよくなく、かつ、熱いのなんの!汗が噴き出て止むことなくタオルでストロークの度に顔の汗を拭う。汗を拭う、ストロークする以外は遮光用の傘が離せない。こんなプレーで楽しい筈もなく早々に切り上げて、冷えたビールを呷り、木陰で昼寝といきたいと切に願った。
 そんな中で、平然とゴルフに打ち込む仲間がいる。この酷暑にもめげず、月に8回もラウンドしている者にとってはごく普通の事のようなのだ。
 暑さを避けて快適に過ごし過ぎると、そのしっぺ返しはわが身に来ると云うことを知った。避けてばかりいないで、慣れておくことも重要だと云うことを身を持って知った一日であった。

2013年8月12日 (月)

極暑・激暑と云うこと

 先週末、テレビの天気予報でキャスターが暑さのランク付けで猛暑、酷暑とあるが、その上があると云って上記のような表現を解説していた。
 体温を超える気温など日本ではそうそう経験できない事だった。是が容易く超えてしまうのが今の日本である。昨日はこの暑さの中、お盆の墓参りに出かけたが何の遮蔽物のない田舎の墓地はさながら、砂漠のようである。流れる汗は止めようもなく流れ、日に照らされて眩暈を起こしそう。命の危険も感じて仕舞うほどである。
 そんな中、ゴルフで使うUV機能のある傘はまるでオアシスのよう!効果抜群である。明日は炎天下でのゴルフ、この傘は欠かせない。

2013年8月 9日 (金)

心は晴々!

 昨日は、「一区切り」と書いた。将にその心境である。遣らねばならぬことが雲かの如く浮かび上がる。残された時間には限りがある、この貴重な時間は私のために使おうと思う。もっと正確に云えば、自分の思うこと、自分が遣らねばならぬことに傾注していきたい。
 今後の課題を例外なく拾い上げ、期限と優先順位を決めて取り組む事にする。そうしたら、遅い夏休みをとろう。先が見えてきたところだ。

2013年8月 8日 (木)

一区切り !

 人生には、転機が必ずある。ない、と云う人は気付いていないだけだ。私にも今まで人生の転機と云うものが4回あった。何故解るか、毎年、年末に一年を振り返ることをしているからだ。これを一生を通じて展開すればその「転機」が浮き彫りになってくる。
 今は、その転機を自ら作り出すことも出来るように思っている。何故なら、その転機のモードが解って来たからだ。
 何事も研究の成果である。法則は経験の内にある。

2013年8月 7日 (水)

目標が決まれば、遣り方も決まる

 昨日、会計事務所は何故大きくなければならないのかについて書いた。この事がはっきりすれば、タイムスケジュールとアクションプランは決まる。
 また、この戦略策定モデルも色々あるが、うちで使えるモデルは限定的だ。あとは常道に則って行動していけばよい。
 何時も云っている私のリタイヤスケジュールを充たす具体的行動をして行こうと思う。

2013年8月 6日 (火)

何故、会計事務所は大きくなければならないのか!

 何事にも、最適と云われる規模や遣り方があるものである。先月、シアトルで学んだことは決して無駄では無かった。我々、会計事務所の仕事は価格競争に適していない。なのに、今、価格競争の真っただ中である。何処か?間違っていると思っていた。
 シアトルに行って解ったことがある。何故、会計事務所はM&Aを繰り返すのか、それはこうだ。弱小では戦略部門も営業部門もなおざりになる。専門領域のサービスは満足度とサプライズの評価による。価格比較では出てこない発想である。
 だから、よいサービスを追い求めていく必要があるのである。

2013年8月 2日 (金)

任期満了

 昨日、八千代商工会議所の人材育成事業による三塾卒業生向けの交流会が開催された。基調講演は私が切望していた法政大学大学院教授の坂本光司先生にお願いした。期待通りの内容で、会場を埋め尽くせなかったのが何よりも残念であり申し訳なく思っている。こんな人、滅多にお呼び出来ないし、もっと多くの経営者に聞いてもらいたかった。
 この三塾は私の企画で始まり、講師の一翼も荷なっている、思い入れの深い事業である。これも卒業生500人を超えた。一区切りである。
 そして、今日TKC千葉会千葉支部総会である、これで2年間勤めた支部長の席を降りる、これも一区切りである。
 明日からは、自分の好きなことに力を傾注できる、遣らねば為らぬことが山積している。「私らしく生きること」に一歩近づいた。そんな思いだ。

2013年8月 1日 (木)

我が事務所の人材育成

 私どもの事務所では、中学生の職場体験とジョブカフェの職業体験(約1カ月)の受け入れをしている。傍から見れば、何で余計なことを引き受けるのか疑問も生じようと云うもの。
 まず、会計事務所としての職業奉仕、そして、人材育成(わが事務所のスタッフの)。このプログラムを企画運用するのは一番若手のスタッフと決めている。何故か、人に教えることが「我が成長」の一番の早道だからだ。これは私の長年の経験による。「人にものを説くことが成長の早道である。」と云うもの。試されたらよい、上手くいかないのは、その組織のルールや運営の仕方に問題があることが多いようだ。

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