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2013年11月

2013年11月28日 (木)

男の我儘 !

 いま、次女の旦那がシンガポールに長期出張中である。留守の間、我が家で優雅に暮らしているが、出張先の旦那から盛んにメールや電話が入る。昨日はシンガポール行きの航空便を調べているから、どうしたと聞いたら旦那がこいと言っている、と謂う。遣り取りから行かないとややこしいことになるから行くことにしたと謂う。
 多分、週末を女房と送りたいのだろうが、「ウーンタク、我儘なんだから」と謂う。
「俺だってあった、強引に付き合わせたことは何度もあった。」「一緒にいたいという我儘と放っておかれる我儘とどっちがいい!」という私の質問には応えなかったが、今夜の深夜便で夫のところへ行くそうだ。

2013年11月27日 (水)

死を生きる

 今朝、決算の署名押印に見えたクライアントの社長から会議室のホワイトボードに書かれた言葉について質問があった。そのボードには「生きる意味→死を生きる」の文言があり、死を生きるとはどう意味かと問われた。
 私が若いころ、父によく言われたことが二つある。一つは「お前は晩年型だから結果が出なくてもクヨクヨするな、何れ結果はついてくる」と。もう一つ「死事を習いて後に、他事を習い候え」と。
 人は人生の中でその境遇によって死の意味が異なっていると思っている。独身の頃は全く考えなかったし、子ができた時は一人前になるまで死ねないと思った。子が育つと夫婦の中でのお互いの死について考える。
 昔、家の玄関を出るときに「行ってきます。」と声をかけて出かけたが、ひょっとして生きて帰れないかもしれないという覚悟で出かけたものだ。娘たちが一人前になれば、事務所の将来やスタッフのことにクライアントのことなどが気のなってくる。
 永遠の継続を誓って、わが事務所を鉄筋コンクリート製にし、快適空間を作ることでその覚悟を示したのだ。

2013年11月26日 (火)

青年よ、大志を抱け! とは言わないけれど

 昨日の実に早朝から挫けそうな一日が終わった。今朝、ミャンマーへの視察にご一緒した大学三年生になるお子さんを伴って参加されていた松本市で開業する女性税理士さんからお礼状が届いた。
 嘗て、7年前、ワシントン、ニューヨークの会計事務所事情視察にCPAを目指す長女を連れて参加したことのある私である。この旅はその後の人生に大変大きな影響を与えたものだと彼女が語っていたことがある。
 人生の岐路というのは存在する。自覚、無自覚を問わず! 松本の女性税理士から白川の宿の紹介へのお礼状である。そこには私の話した言葉が。「自分で決めないと言い訳が出てしまう」というお言葉が息子にどんな影響を与えたかのメッセージが載っていた。そんな自分の心根が愛おしく思える最近である。

2013年11月25日 (月)

日本が壊れる!

 今日は、月曜日。唯でさえ、憂鬱なのに出勤前に出くわした数々の遭遇にこれでは日本が早晩壊れると思わず思ってしまった月曜日である。
 まず、うちの車庫の前、前方からくるデブ、私もMAYも天敵のおばさん、車庫を出たところで待つと、ガードマンよろしく、早くいけとばかり、手を振る。そっちこそ早く行け。
 次、家を出たところで出くわしたいつもの黄色いフィットこれも中年女、何時も譲らないのでこっちがゆっくり譲る。何の反応もなく、通り過ぎる。次に、反対側車線のワゴンがハザードランプを点けて止まろうとしている背後から俄かに飛び出す軽自動車、これも通勤を急ぐような女性。その先、狭い道ですれ違いに譲って止まっていれば、何事もなかったように過ぎる若い女性。
 朝の7分で出会った数々の不幸!これが日本の現実、たぶん、女性だけが劣等化しているのではない。その陰で壊れていく日本人。どこからこの劣等化が始まったのだろうか!

2013年11月22日 (金)

PR

 今、立て続けにPRに取り組んでいる。前にも書いたと思うが、事務所内の取り組みやサービスメニューの構築はしっかりやってきたところだが、対外的には広報行動が伴っていなかったと実感している。
 スタッフにはどんなに優れた取り組みでも知ってもらわなければ意味がない。と説いてきた私だが、その私が一番展開してこなかった張本人だということでる。
 来年早々、市庁舎内で二つPRが展開される。確認しつつ、将来に繋げていきたい。皆さんも、ご意見をください。
PRとは、パブリック・リレーションズ、つまり、あらゆる機会を捉えてその存在の認知、共感・共鳴、協働を働きかけるものと理解している。CMとは異なる。

2013年11月21日 (木)

今日はボジョレ・ヌーボー解禁日

今日、昼に馴染みのレストランに行った。うちでセミナーを開催する時はいつもここで交流会をすることにしている。先週もわが事務所のセミナーを開催し、交流会をここにお願いした。そのお礼も兼ねての昼食である。
 オーダーの後、シェフと四方山話をしていたら、「僕、今日寝不足なんです」と唐突に告げる。次いで、「もうボジョレ飲みましたか」と聞かれた。そーだ、今夜のコンサートはこれだ。今晩、クライアントの御嬢さんのコンサートに付き合うことになっていたが、これがそのボジョレを楽しむ会だったことを知った。
 さっきのレストランでは午前零時の解禁直後のボジョレを楽しむ会を長年やっていて、それで今日は寝不足だと云った意味がヨーヤット理解できた。今夜はクラッシックを聞きながら、ボジョレを楽しむことにしよう、妻と!

2013年11月19日 (火)

ミャンマー視察行 4

 シリーズで書いてきたミャンマー視察、これが最後のシリーズです。最近のミャンマー情勢について感じたことを率直に書いてきました。今回はミャンマー人の生活や信条について書いてみます。
 ミャンマー人の90%は敬虔な仏教徒であると聞いていますが、ヤンゴンの市内でも多くのパゴダがあり、中でも、創建2600年のシェダゴン・パゴダはミャンマー最古で最大のパゴダであり、民主化の先がけとして、この寺院の前でのスーチーさんの演説は有名です。
 我々も、夕食後8時ごろこの寺院を訪れましたが、多くの信徒が訪れており、若い男女、幼子を連れた夫婦、僧侶と話す若者といった、様々な人々が参拝していました。宗教が生活の中にあることを実感するとともに、仏や人、様々なものに手を合わせる心豊かな心情が伝わってきます。
 私が東南アジアを訪れるときに感じる共通する印象は、この上座部仏教が故の安らぎなのでしょうか!

2013年11月18日 (月)

ミャンマー視察行 3

 ミャンマーから帰って、一週間が経った。じわーっと汗の出る亜熱帯気候は実に苦手である。汗をかくのが嫌いだし、高温多湿の中で思考が鈍るのはもっと厭である。
 こんな環境で、ミャンマー人はロンジーを纏って実に清々しく立ち振る舞う。私も民族衣装に着替えれば、多少はこの風土に馴染めるのだろうか。
 訪問した工場でも実に淡々と細かい作業をこなしている、きっと、実直で手先は器用なのだろう。訪問しての実感は、警察、軍隊の姿がないこと、民主化のシンボル、アウンサンスーチーさんや彼女の率いるNLDの存在が見えないこと等色々あるが、やがて、この国もASEANの重要な構成国となっていくことだろう。期待したい。

2013年11月15日 (金)

ミャンマー視察行 2

 昨日に続いてミャンマーの視察について書いてみたいと思います。軍事政権が続いて、圧政が続いていたような印象を受けるし、現に欧米からの経済制裁の打撃は大きかったようです。しかし、2011年テイン・セイン大統領の就任と民政移管以来、本物かどうかの見極めるような模様眺めもあったようですが、クリントン国務長官や玄葉外相の訪問、テイン・セイン大統領の訪日が相次ぎ、民間企業の投資活動が一挙に脚光を浴びるようになったのです。
 そもそも、報道されているような低賃金労働者の存在や将来性が持て囃され、脚光を浴びているがその実態やその表裏について、この目で確かめることがその目的であった。
 それにしても、民主化運動の旗手でノーベル平和賞を受賞したアウンサン・スーチーさんが政治の表舞台に出てこないのは何故なんでしょうか。
 民主化のシンボルと政治の実務家は異なるということなのでしょうか。

2013年11月14日 (木)

ミャンマー視察行

 ご無沙汰しています。先週は海外進出先として、最近注目を浴びているミャンマーのヤンゴン(旧首都、今の首都はネピドー)を中心にその経済発展ぶりを視察して参りました。過去の歴史や最近のマスコミを通して伝わる姿をこの目で直に見ておこうと思ったのが動機です。
 この目で見、感じたことを何回かに亘って書いてみようと思います。生き帰りともバンコク経由であったし、バンコクには数度訪れているので、相互の比較も自然と出てきてしまうものです。
 みなさんは、ミャンマー(ビルマ)の印象をどうお持ちでしょうか。町は中古の日本車で埋め尽くされ、定期バスはどれもよく走るなーと思うぐらいオンボロです。しかし、日本で思われているような見せかけの民政化で背後で軍部が操っているのかということも表面では全くと言っていい程ありませんでした。滞在した5日間、軍人は一人だけ、警察官に至っては一人も見かけませんでした。
 戦後の混乱で、貧しい国ですが、親日で穏やかな人情と人口の多さと若さは将来の成長を感じさせます。期待していいと思います。

2013年11月 6日 (水)

日光カンツリーのその後

 流石、名門コース、今日も何度かその風情を思い出したし、その時の歩行の筋肉痛も思い出す。特に、INの10番の左脇を流れる小川のせせらぎ、9番ホールは右側が遊歩道になっていて、一般人が悠々と歩いている風情などゆったり時が流れていて好ましい。
 今日からミャンマー(主にヤンゴン周辺)に視察に行ってきます。帰国後の報告も楽しみにしていてください。

2013年11月 5日 (火)

紅葉の日光カンツリー !

 3日に前泊して、翌日、あの日光カンツリー倶楽部でプレーをする機会があった。開場50年を迎える井上誠一設計の名門コースである。
 たぶん前にも書いたと思うが、7月の税理士会の旅行でコースに隣接する晃陽苑という昔、東照宮の職員研修所だったところで昼食をとったことがある。ここは今、温泉も出る一般人向け宿泊施設になっている。ここに泊まって日光カンツリーでゴルフなどどうかと広報誌に書いたら、さっそく能田氏が飛びついたのだった。
 朝のうち小雨がけぶっていたが、午後から気持ちのいい天気に。
スコアは兎も角、いつもの4人(家内と私と友人の税理士)で前の日から大盛り上がり、コース内の紅葉も堪能しながらの楽しいラウンドでした。

2013年11月 1日 (金)

人材育成

 学校も社会も家庭も人材育成を欠かすことが出来ないこと位誰でも分かっている。問題は「どのように」である。最近、中教審が大学入試の改革案を発表したと報じられている。また、片や国際人を育成するために小学校から英語教育を始めようとする機運もある。
 これからの日本にとっての最適な教育はどうあるべきか、が、問われているようだ。私の意見を言えば、地球の歴史や人類のそれと世界の歴史とを踏まえ、これからのそれぞれを考えれば、自然環境に通じ、地球や人類やその他の動植物に優しい世界を考える、そんな発展が人類の正当な発展であろう。工業化やIT化の高度化だけでなく「地球環境の保全と調和のとれた発展」こそ真の発展成長ではないのか。
 いま、こんな人財を育成するプログラムが求められているのだと思っている。

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