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2015年4月

2015年4月28日 (火)

祈り

 このテーマは私のブログに数多く登場する。首を垂れる、手を合わせる、跪く、目を閉じる。みな、祈りのポーズだ。どの宗教も似たようなものである。祈ることへの共通項なのだろうか。
 自信を無くした時、不安に苛まれる時、何かに挑む時、家族の幸せを祈る時、人は瞼を閉じ、首を垂れる。果たして何に向かっての祈りなのだろうか。
 ところで、私の旅の傾向が知れてきた。自然でもいい、古代建築でもいい、伝統文化でもいい、敬える空間が何とも愛おしい。 残り少ない人生を豊かに過ごしてゆきたいものだ。

2015年4月23日 (木)

コンサルティング

 昨日、資産税関係の研修会があり出席してきた。後段の講師は専門知識も実務経験も豊富な税理士である。我々実務家は専門知識や手法をどれだけ引き出しを多く持ち、現実の問題解決にどれだけ活用できるかでその実力が測られる。
 しかし、実績のない問題に関わることは先方に損害を与えることにもなり、自滅することにもなるから要注意である。
 では、どの様に実績を積むかであるが、簡易な問題解決からより高度なものへ、熟達者とパートナーを組み手法を学ぶという方法もあるだろう。
 コンサルティングとは縦にも横にもパートナーを組み複合的にソリューションを発揮していかねばならない分野である。
 コラボレーションやアライアンスがソリューションの為のキーワードである。

2015年4月22日 (水)

体調管理

 読者の方は私の年齢をご存知の事と思われるが、今年、前期高齢者として介護の被保険者証の交付を受けた身である。
 わが事務所でぎっくり腰を発症したMAがいたので今日の朝礼は我が身体管理法について触れた。聞く方も何時になく真剣に聞いていたので思い当たる節が多いのであろう。
 これからは私の半生を掛けた身体管理法について折に触れ語っていくのも社会貢献の一つであろうか。

2015年4月21日 (火)

感謝

 今日の千葉日報のスポーツ欄にロッテマリーンズ監督の伊藤勤さんが妻にささげる感謝の記事が載っていた。
内容は今春双子の息子と娘が大学を卒業し社会人として巣立ったことに思いを馳せ、野球業で家業を任せっぱなしにした悔やみと共に無事家庭を守った妻への感謝の気持ちを込めて真っ赤なバラの花束を贈ったとあった。
 彼とは知人を通して習志野CCでゴルフをご一緒したことがあり、人柄も垣間見ていたからこの記事に目が留まったのだ。
 翻って、わが身はどうか?娘たちが大学を出、社会人になったことも親の役割の一区切りをつけた感慨はあった。
もっと大きかったのは、事務所の法人化構想をベースにした事業承継構想が現実味を帯びたことだろう。これを前提とした事務所の新築、仕組みづくりに人事と夢は膨らむ。私の場合、妻への感謝はどんな区切りで訪れるのだろうか。

2015年4月14日 (火)

菜種梅雨ももういい加減に !

 この時期の雨を何というのだろうか、一般的には菜種梅雨、俳句風に言えば春時雨、春雨などか。何れにしても最近お日様が覗く日を記憶していない。
 それも野外での行事の度に天候がぐずつくからそう思うってしまうのかも知れないが、はっきりしない天候が続くからであろう。
 小春日和、初夏を思わせるカラッと晴れた青空を見てみたいと切に思う。

2015年4月 7日 (火)

顰蹙

 日頃、家庭と職場には民主主義はないと公言してきた。街を歩いたり、車で走ったり、電車に乗ったり、こんな場面で若者と云うよりは30前後の社会人とりわけ女性の横暴ぶりが目に付く。
 左折は膨らむ、右折は切れ込む、裏路地は真ん中を走る、シルバーシートでは寝たふりをして平然と座る。こんな光景が毎日である。
 何故だ。こうも自己中で生きられる、とつい思ってしまう。その度に思うのはこの人たちの育ち方である。多分、団塊の世代前後の親たちが育てた世代だろう。多分、家庭に民主主義があったのだ。規範より個性の尊重、無縁な長幼の序、行き過ぎた人格の尊重、まあ、色々あるだろうが家庭の様子が垣間見える風情である。この顰蹙ものはどうしたら消えるのだろうか!

2015年4月 6日 (月)

春時雨

 この時期の愚図ついた天気を何というのだろうか。春雨と云うのが一般的だろうが、季節の雨を云う言葉は日本に多い。春雨、五月雨、梅雨、秋雨、時雨等々である。また同じことを言葉を変えて云う場合も日本には多い。情緒が多様である、表現も多様である。言葉には意味と表音や響きと云うのがある。美しさを愛でる余裕を持ちたいものである。
 今年は、是非、伊勢、高野山、そして熊野古道を廻ってみたいと思っている。夏の八甲田もよいし。

2015年4月 3日 (金)

失敗

 世に失敗学と云うジャンルがあるそうだ。簡単に言えば失敗から学ぶ、いや、失敗する前に失敗の構造を理解して回避するとも謂えようか。
 我が家でも、年初、孫を連れて娘が帰郷していた頃の話だそうだが、MAYの存在を忘れ、子の面倒を見ていた娘はMAYを部屋に放した儘家を空けたという。
帰ってみてそれに気付いたが何も壊れず、何も悪戯の対象にもなっておらずごく普通に床に寝そべっていたそうだ。これを切っ掛けに今はプライベートな空間は別にして家の中を彼女に開放している。今日は無理だが、ポカポカ陽気だと縁側のマットに寝そべり優雅に日光浴、トイレも使い放題とくる。将に天国である。失敗からも新機軸は生まれるのだ。

2015年4月 2日 (木)

組織

 組織は拡大すればするほど、展開が広域になればなるほど組織内の気風は希薄化する。規模も程々、強烈なリーダシップが発揮できているから現状でよいと考えている経営者は多い。
 私は以下の点で間違っていると思っている。その一つ、現在のワンマン経営の一社体制で一代限りでよいと思っているのならそれでいい(ただし、従業員やそのの家族は堪らないが)が、現状維持はじり貧だ。
 二つ目に、後継者がいて存続・成長を望むのであれば、HDの事業子会社の社長候補は作らねばならないし、拡大すれば、そして、他人が入れば創業時の理念や価値観の共有は希薄化するに決まっている。
 そこに、共通の経営理念と方向性を明示する使命が経営者にはあるのだ。

2015年4月 1日 (水)

ブランディング

 ランチェスター経営戦略と云う手法がある。元々は戦争の為の法則、つまり、本当の戦の戦略手法であったが、これを経営戦略として活用しようとしたものが上記のものである。
 内容を要約して書くと強者(NO.1企業)とその他企業の戦い方、つまり、戦闘手法が違うと云うものである。ナンバーワン企業は総力戦、云わば商品開発力やマーケティングが優先するし、弱小企業は局地戦(ゲリラ戦)を得意とする。
 1960年代のベトナム戦争で大国アメリカがベトコンに敗れたことを考えると分かり易い。立場が異なれば戦法は当然に異なる。最先端経営戦略がどの企業にも向くとは限らないのは本能的にご理解頂けよう。
 翻って、わが事務所の戦い方は局地戦でナンバーワン企業を目指すことになる。品質と信頼とシェルパが何よりのブランドである。

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