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2022年10月

2022年10月31日 (月)

経営者

 経営者は専門領域の知識を備えていることは必須かと問えば,恐らくNOである。寧ろ、門外漢で第三者的視野で物事が把握でき、将来の理想像を描ける方が優れた経営者に相応しい。世はVUCAである。演繹的積み上げでは将来像は描けないのではないか、将来の思想郷を描けるのは天才肌と教養を兼ね備えた者だけの特権かも知れない。

 成功は才能に磨きをかけ、情報や知識の集積と考える力と勇気を持ち合わせる者に味方する。

2022年10月27日 (木)

まだまだ!

 昨日、商工会議所の人材育成事業の二期会のコンペに誘われて京CCでプレーしてきた。結果は強風で大したものではなかったが、一緒に回った仲間の持っていたスティルスのハードスペックのドライバーを最終ホールで試打させてもらったが、これが予想に反してナイスショット。

 私でも使えることが分かって終えることが出来て、これが最大の喜びで終えられ幸せな一日に出会えることが出来た。実に他愛のない一日の終了であった。

 早速ドライバーのリシャフトに行って来ようか。

2022年10月25日 (火)

笑えない市民運動

 今年5月頃から市民活動の一環としてユネスコ協会の立ち上げに関わってきた。事務局の設置場所がないと謂うことでうちの二階のセミナールームを会合の開催場所として提供してきた経緯がある。

 過去10回ほどの会議を主催してきたが、22日に百人会議を開催、デスクの設置はスタッフが自主的に整備したが、撤収後の点検で不具合が散見(ストッパーが破損が数件)以前も同様の事が有ってスタッフからクレームが出ていたが重ねての事件に機運が高揚、撤退を迫るものも!

 原因は不注意な機材の扱い方だが、どうして共用材をゾンザイに扱う気風が存在するのだろうか。やはり公と私の間に共(パブリック)が日本に育たないのだろうか?今回は私だが!

2022年10月24日 (月)

運動と老化

 老化を感じる時とは、小学生に追い抜かれたとか、歩く姿勢をガラス越しに見たときとか、椅子に座るとき立つときの掛け声とか、いろんな場面が想像できるが、客観的にそれを感じた時の冷ややかな感想にがっくり来た記憶は誰もがお持ちだろう。

 一方で講演を遣り切った時、ジムで汗を流した時、ドラコンに接近したショットを打った時、女性にお若いですねと褒められた時などまだまだ捨てたものではないと思った時などまだまだ現役で頑張った経験を持っていることも生きる励みになる。

 経験から感じていることは元気で動ける経験が何よりの励みであると謂うことだ。

 

2022年10月21日 (金)

地方創生の危機

 情報や人材の集中が一極集中化で問題化も指摘される処だが、それでも日本は世界から取り残されている感が強いが、前にも書いたが、国家の品格に天才の誕生は冷涼な空気と風土の豊かさだったと思うがそんなことを読んだ記憶があるが、天才、秀才の誕生と育成は日本の豊かな風土にこそあると信じる。

2022年10月13日 (木)

体力の衰え

 体力の衰えは気力の衰えに繋がり、人の輝きの衰えに通じます。大勢の人に囲まれていても燦然として輝く人に会うことが有りますが、人はオーラがあると謂う表現をします。

 人に多く注目され視線を集めるように成れば自然と磨きが掛かってくるのかも知れません。動きの源は筋肉です。だから筋肉を鍛えなければなりません。

 コロナが一服し、野外でのマスクはしなくてよいと政府は謂っていますが、果たして誰からマスクを外す動きが出てくるのでしょうか!人の目を気にして外す勇気の無い人ばかりで牽制しあう体たらくが続くと思います。

 話は違いますが、欧米人がマスクをしたがらない理由に人の表情を口元で見るという習慣があるとメディアが書いていますが、東洋人は表情を読み取られることを嫌う傾向があるという。これでは当分マスクのない生活は考えられません。

2022年10月11日 (火)

パーパス(クレド)

 経営はパーパス流行りだ。市場が飽和状態だと新たな市場の創出や新たなニーズを求めるしかなくなる。人新世の資本論の様に市場の拡大を前提としない資本論も世に問うことになる。

 市場の拡大無しに資本主義は存在するのだろうかと謂う根源的で初歩的な問いが発せられるのが現在の状況である。資本主義の存否を真面目に議論するのは資本主義の前提である民主主義の存否を占うことになるからだ。

 結論は出ていない。SDGsが目指すターゲットだって、革新と成長を謳っている。

2022年10月 7日 (金)

青少年とスポーツ

 若者は、特に少年はじっとしているのが苦手だ。ちょこちょことじっとしていない。それも生理学的にはちゃんと理由が存在する様なのだ。

 人間の脳の部位は年齢によってその発達度合いが違うのだという。とりわけ挑発機能を持つ偏桃体は若年で発達を終え、海馬や前頭葉皮質は発育に時間がかかる。そのバランスの違いが情緒を不安定にし、発育の阻害要因となる。その為には身体を動かし刺激を与えることで健全さを身に付けることが可能になるという。将に青少年に運動は不可欠な要素なのだ。

 今、日本では部活の存在が危ういという。その受け皿も考えていかなければならない。

2022年10月 6日 (木)

中小企業の決算書

 昨日のタイトルが好評だったので、第二弾と行こう。中小企業の決算書は大企業の決算書と違って外部監査を受けていない、従って、その信頼性を担保するものがない。単なる作成者責任があるだけで第三者保証はない。諸外国ではドイツは税理士に作成責任があるし、アメリカは会計士に4段階の責任がある。日本には財務諸表の作成責任はない。あるのは税の申告に関する責任のみだ。だから、社会的な第三者責任はない。いま問われているのは税務申告目的以外の財務諸表の活用であるがそこに日本の税理士は社会的責任は存在しないのだ。

 今世の中、中小企業の業績把握が将来の方向性に必須である認識が高まっているが、従前の税務マターで作成する限りではすでに限界であるし、中小企業が見捨てられることにも成りかけない。危機が其処まで迫っている。

 

2022年10月 5日 (水)

決算書の綴り方

 決算書の綴り方に疑問を持った方がいらっしゃるだろうか。法人税申告書別表が綴られた後に決算書そして勘定内訳書が並ぶというのが一般的であるし、これに何ら疑問を謂われたことも無い。

 でも、会計の本来の目的からすれば可笑しいのだ。決算書の作成目的は業績や経営内容の開示が目的で納税額を算出するためのつまり、納税負担額は財務諸表の作成目的の一部なのだが、現実は財務諸表が目的化している。

 将に本末転倒なことが日常的に行われている。これが本来の目的をはき違える根源と思える。こんな思考が蔓延るうちはまっとうな議論が出来ないと思える。

 財務諸表の作成目的の真の姿を知らしめるのも会計人の取り分け税務に関わる会計人の役割でもある。

2022年10月 4日 (火)

行政の役割

 政治、経済、社会の三システムから成る社会トータルシステムでそれぞれの役割と必要性があるし、経済や社会の分野に政治が口を挟めばややっこしくなるだけでなく混乱が生じる。しかし、政治が介入しなければ拉致の空かないことは介入しなければならないから厄介であるし、介入時が重要である。

 それこそ阿吽の呼吸が必要である。タイミングと時期の重要さが、政治センスと謂う事かも知れない。

2022年10月 3日 (月)

地域間格差

 地域間格差は即ち、地域間の競争の慣れの果て、敗れた方の結果である。今、国際間の協調の限界が取りざたされている(サプライチェーン問題)とも関わりを持つ。

 地域のプレゼンスの将来を占うためにもここ是非、地域の存在意義や特徴を発見、開発企画していかなければ他の地域に埋もれてしまうのは必然である。

 何故なら、国家は国の存在を国籍と謂う縛りが存在するが、地域は移動が原則自由である。人は快適は地に移動する権利を持っている。

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