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2024年1月

2024年1月31日 (水)

気力は体力から

 昨年4月25日から始まった膝痛が今年に入って1月15日にほぼ解消した。何故細かく分かるかと謂えば、最近書いたように人生の棚卸が癖になっていて、記録するようになったからである。

 記録は正確にトレースできるし、振り返りの格好の材料となる。人生の長期にわたるトレンドも短期的サイクルも一目瞭然でハッキリ将来像を浮き彫りにしてくれること請け合いである。是非お試しを!

 それにしても、多寡が膝痛でこれほどまでに心身に影響するとは思わなかったが!

 テーマに移るが、人間は現金なもので、体のどこかに障害があれば、不快だし、気分も前向きに為れないものだ。健全な身体に健全な精神は宿る。ごく当たり前の問題が直ぐ目の前にあると思うが!どうだろう?

2024年1月30日 (火)

勇退後の人生

 2026年一杯で一線を退こうと思っている。プランはプランだから今後どうなるのか分からないが今はそう考えている。今後のプランを示すことは、次世代の行動にも影響を与えるから早めに予定を示すことは有益だと思っているし、自覚をもって行動して貰う事にも繋がると思っている。

 私の話に戻るが、肩書のない人生で余生を世の中にコミットしてゆく方法を考えるが、多くの場合、世の中肩書がモノをいうと謂うこともあるが、要は発信する環境とコンテンツがあればどうにか為ると思う。

 経験をしたノウハウは世の中に還元してゆくのが老人の役割でもあろう。有り様をあれこれと考える時間も、また、楽しいものである

2024年1月29日 (月)

人生の棚卸

 年頭、74年間の私の人生の棚卸をしてみた。見事に有る時期に集中しているのが分かる。そこで、開業以来創業期・中興期・熟成期に分けてみると、私の人生の生きた年輪が見えてくると共にこれからの歩むべき人生も見えてくるから面白い。

 私の人生も捨てたものではない!

2024年1月26日 (金)

「人づくりの鬼」

 一昨日、私の友が本を出した。題名を「人づくりの鬼」と謂う鬼とは物騒な物言いだが、内容は将に「鬼」そのものである。経営に成功している者に色々謂われることがあるが、ほゞ謂われることに普遍性はあり、謂われつくしていることが多いが、信条、信念、使命などにきれいごとを並べても説得力はない。

 一番の説得力は徹底的に貫くこと、首尾一貫しているとに尽きる。彼は八千代商工会議所人材育成事業の一つ「経営革新塾」の2期生の出身であり、今でも同期と毎月の情報交換を兼ねた飲み会を180回を超える程に続けている。

 昨年、新らたに副会頭に就任した。経営者であり地域経済団体のリーダーとして将来を嘱望されている。私も先輩としてこれからも出来る限り助言を惜しまないつもりだ。

 彼の人づくりがブランド化し、洗練されは経営手法の先駆けとなってもらえばいい。

 

2024年1月25日 (木)

遣りたかったこと

 何時の時代でも遣りたいことは一杯あった。お金がない、時間がない、才能がないと色々制約があった。時が過ぎ、時間もお金も余裕は出来たが体力がないとまあ普通諦めるところだが、今の私は違う。

 時間も金銭的余裕も昔の比ではない。唯一、体力がないは補完が可能かと問えばこれが可能である。膝の故障が謂えた今は、トレーニングする余裕が芽生えたのだ。

 今年から来年に向けてトレーニング開始と行こうか。姿勢は前向きである。「年寄りの冷や水と為らないように」

2024年1月23日 (火)

夢を見る

 人は確実に老いる。これはテーゼだ。幸せな老後を考えて見る、若く元気で希望に満ち溢れていた頃の気分はどうだったか、明日への希望や夢があった。明日の予定や課題が山積し、忙しく立ち働き気働きも半端なく複雑さを持ち、不安や猜疑心に狼狽えることも多々あった。でも明日への漠然とした希望があった。

 世の中、経験を積み多くを経験して将来像も段々具体化し或るものは実現し、有るものは不可能なことも顕在化してきた。夢の余地は確実に狭く、貴重なものに為っていく。

 つまり、夢の余地が段々狭くなってきている。人は絶望すれば確実に老いる。死を迎えるまで、明日への希望や夢を持つことが生きる糧を与えれくれると信じている。

 来年はスキーを始めようと思う。税理士登録をするときに趣味のスキーを諦めた。もう立場が許されるだろう。スキーを始めようと思う。

2024年1月22日 (月)

我が相続プラン

 下の娘夫婦の家が今年の夏ごろ完成予定だ、これで一応の家族プランが完成である。残されたテーマは我々夫婦の財産の承継プランの構築だが、これも凡そのプランは構想済みだし、時期を見て実行するのみである。

 あれもこれも前提は家族構成とその継続が前提である。これは同じように事業承継や財産分割のスムースな承継にも同様のことが謂える。

 これからは節税も考慮した最善のプランの実行である。

2024年1月18日 (木)

余生をどう生きるか

 生涯現役と謂う宣言をしている手前、一線を退くと謂うのは何を指すのか、現役と余生の狭間で呻吟している。どう世の中に対峙してゆくのかその姿勢が判然としない。

 一線を退くとはどうゆうことを指すのか今でも判然としないが、感性は現役、生活は余生とはいかないか、模索が続く。

 

2024年1月17日 (水)

経済成長と規模の大きさ

 経済成長が必須だと謂う根拠は薄弱だし、規模の大きさも大きい方が良い根拠も見当たらない。高度経済成長時代は幸せだったかと問われれば、幸せではなかったとは言えないが何だか空気がギスギスしていてみんな何だか訳の分からないことにいら立っていた気がするし、幸せを享受するにはみんな忙しすぎた。

 スローライフと謂う言葉が流行ったが、その忙しさの裏返しだった気もする。唯、低成長なのに何気に豊かさを感じさせる風景にヨーロッパの古都に感じたりするのはその昔の社会資本の豊かさだったりする。

 真の豊かさを享受するモデルを探さねばならない。

2024年1月15日 (月)

持続可能性が前提

 ご存じのようにSDGsの持続可能性とは「現代の世代の要求を満たしながら、将来世代が必要とする地球環境や自然を損なわない」社会の創出であり、将来を託すべき未来を現世で断ち切ることのないよう謂わば、現代人の未来への誓いである。

 SDGsの話題がなければ、私だって地球環境や地球の歴史や成り立ちにも無関心であったかもしれない。

 そういう意味では、原点に返って地球の成り立ちや歴史、科学的現状や将来像を知ることは自身の関心だけでなく、将来世代に対する現世代の義務みたいなものが存在するのだ。

2024年1月12日 (金)

ユネスコ活動

 八千代ユネスコ協会は一昨年8月6日の原爆投下の日に産声を上げ、一年半ほどが経った。隔月に県の連絡協議会が開催されるが、その主な活動や各協会毎の活動内容や歴史が不透明で過去の歴史的経緯が分からない点が多く、時間をかけて穴を埋めつつ、これからのユネスコ活動に結び付けていかなければならないと思っている。謂わば、学習の時間だ。

 それにこれからのユネスコ活動についても模索していかなければならないと思っている。世界平和を希求する教育・科学・文化の分野での課題を八千代ユネスコはSDGs活動のプラット・フォーム基盤の役割を果たしていくと謂うのは現代的課題解決方策的には正しいと思っている。

 次世代に残せる環境を維持・保全してゆくのが使命と考える。民主主義と謂い、資本主義と謂い現代国家の主軸たるイズムの軋みが増している現在、世界的枠組みをどうするのかが問われてい。

 今全力で方向性を模索していかなければならない。いま、将にこれからの枠組みの在り方が問われている。学び続けなければならない、次世代の幸せのために!!

2024年1月10日 (水)

インボイス制の功罪

 昨年の10月よりインボイス制が導入された。結果、あちこちに綻びと謂うか思いがけない影響が出てきている。例えば、街のイベント等で実行委員会方式で年一回の行事に協賛側から課税事業者要請が来ていると謂う。考えてみれば当然の影響だが、これも一律の一網打尽の課税方式の功罪か。

 もう一方は、シルバー人材の零細事業者に対する姿勢だ。個々に課税事業者の登録を半ば強要することへの功罪と、結構弱者が泣き寝入りさせられるようなシチュエーションが現に存在するのは事実だ。 

 誰がどう吸収すればよいのだろうか。

2024年1月 9日 (火)

明けましておめでとうございます。

 実に今日から実際の業務開始であり、ゆっくりであるがおっとりと開始するのもじっくり熟してから取り掛かるのも結果的に充実している過去の実績もあるし、新年から慌てないのも一つの見識と思うがどうか?

 昇り竜の年、架空の動物だが、勢いはある、是非肖りたいと思う。今年は消費税のインボイス制の導入や電子帳簿法の改正と中小企業を取り巻く環境は間違いなくデジタル化の波が雲霞の如く押し寄せる。事務所もデジタル化の先駆けを果たす役割を担っていけるよう望みたいものである。

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