今年最後のブログを書く
今、下田に居る。初日から何時ものルーティンを熟し、全て順調に言っている、振り返りをし、改めて感じ入った記事があり、印象深いものも有り、改めて今年最後の記事を書く気になった。
集約して改めて、今年6月3日にテキスト作成のために訪れた時の感想が深く気に入ったので書き置くことにした。
「熱海を過ぎて伊東に入る。左の崖の緑を見ていると過去の思い出が蘇る。幸せに近づいてきたと。下田の緑は私の感性に合っているのかも知れない。何故なら、下田へ来ると私の脳は活性化するのだ。」
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今、下田に居る。初日から何時ものルーティンを熟し、全て順調に言っている、振り返りをし、改めて感じ入った記事があり、印象深いものも有り、改めて今年最後の記事を書く気になった。
集約して改めて、今年6月3日にテキスト作成のために訪れた時の感想が深く気に入ったので書き置くことにした。
「熱海を過ぎて伊東に入る。左の崖の緑を見ていると過去の思い出が蘇る。幸せに近づいてきたと。下田の緑は私の感性に合っているのかも知れない。何故なら、下田へ来ると私の脳は活性化するのだ。」
年末の業務を26日に終え明日は下田行きである。持ってゆく本も手帳も用意した。車内で遣ることも弁当も飲み物まで決まっている。着く時間も遣ることも何時もの通り。
定点観測だから出来る事も遣ることもある。新しい歳を迎える謂わば儀式が下田詣でである。「よいお歳を」である。
雪の感触に触れるのも40年ぶりで、今からワクワク。スキー板も私が滑ったころとは全く違う、カービングスキーは長さも胴の縊れも全く異なる、将に異なるスキーだ、多分性能も機能も異なるのだろう。老いては子に従えと謂うが、今回は同行の孫たちに教えを乞うのだろうか。
それもこれも実際にゲレンデに立って学ぶことになるのだろう。楽しみである、多少不安でもある。
表題の小冊子が私の手元にある。ブログを書いて17年も経つのかと謂うのが偽らざる気持である。従って、ブログ集は17冊目を数えることになる。
私が死んで手記を出すとしたらこれが元になるとすると結構なボリュウームになると思うが、出版して誰が読むと謂うのか、大抵本人の気休めである。文才の差してある訳でも在るまいに誰が読むと謂うのだろうか。関心があるのは本人だけと謂うことになってしまうのが落ちである。
今回も下田へ向かうサフィールの車内で一人ゆっくり一年を振り返るとするか!
21日は一番昼の時間が短い冬至である。その日を境に日照時間が反転する。丁度その境目と謂う事である。謂わば象徴的出来事ではあるが、事の始め、年の初めと謂う事は何時もある。謂わば境目と謂うのは象徴的出来事で傾向の始まるという訳である。
人は初めの現象を象徴的に見ることが多いが、特に日本人は物事のはじめを象徴的に捉えることが得意である。日本人特有の感性なのであろうか?
余すところ今年も2週間余り、カウントダウンである。一年を振り返る「代表のひとこと」もスタッフが用意してくれていると謂う。嬉しく喜びに満ちた年末を迎えることが出来たことも、ユネスコの夢が共有できた喜びも皆含めて大変な喜びである。
余生に入った感のある今日この頃であるが、先の楽しみも在ると謂う喜びの方が強いかも知れない。幾つになっても先にある望みを持って暮らす心の豊かさを感じる。幸せである。
困難な事や複雑な事は兎角先延ばししたくなるのが人情である。政治も経営も調整や交渉が伴う厄介事は先延ばししたくなるのはよくあることだ、が先が世代や何代も先になれば事の経緯や事情は闇の中となる事が多い。
従って、どんなに困難でも時間が多く掛かっても今遣るのが正しいのだ。謂わば当事者の責務であると謂ってよい。責任回避をして得することはほぼほゞないと謂ってよいのだ。
今日の日刊紙に「大承継時代」として載っていたので、ご存じの方も多かろうと思いますが、時代は将に大承継時代である。戦後復興期に苦労して一時代を築いた中小、中堅企業は多い。ここにきて、生え抜き抜擢が親族内承継を超えたようだ。その次がM&Aとなる。
今になって代替わりが叫ばれるようになったが、人間が確実に歳を取ることなど分かり切っていたとは誰にでも分かる事である。がしかし、それが進ままないのには訳がある。
誰でも「出所進退の極め時」が一番難しい。経営も戦もである。承継には時間と弛まぬ人材育成が要る。容易に出来る事ではない。いいアドバイザー(参謀)が要る。
此処の処、寒さがめっきり厳しくなって差乍ら冬の様相である。然うさ、季節は12月毎朝西の彼方に富士山が姿を現しすっかり空気も気温も冬である。
暮れの下田に2月は台湾の視察と3月の上りは宮古へゴルフとお出かけの予定は一杯。そろそろ余裕をもって暮らしにメリハリをつけて暮らすとしよう。
事業の行く末は心配であるものの、後進に道を譲ったらとやかく口出しはしない。それが禅譲と謂うものだろう。
嘗て、あるプロゴルファーに謂われたことがある。ゴルファーの理想の太ももの太さは指で輪を作り三周りの太さが理想と謂われた。その時は二回りでしか無かった。
理想に程遠いと思った。努力など仕様がないと思った。今は違う。スキー再開を目指して3か月、二回り半まで太くなったのだ。この歳で努力すれば実現は可能かもしれないと思うようになった。努力の継続である。
いい現実を見せてもらったよう気がして一層力が入る。この歳でも努力は裏切らないのだ。遣り過ぎに注意は必要だ前回の轍は踏まない。
今日初めて、早朝の冠雪した富士を見て、冬の到来を身近に感じることが出来た。先週末は中学校時代の同窓会の幹事たちの打ち上げに参加してきた。
歳を取ると何だカンだと集まる理由を付けて集まるもんだとつくづくそう感じた。名残が尽きないそんな思いであろう。後がない切実さが伝わる。
澄み渡る空気の中でこれが最後だと誰かが謂っていた事を簡単に覆し、2年後に又再会しようと誰かが謂った。乾杯の音頭を頼まれ「平均余命」の話をしたのが影響したのだろうか?
先週土曜日,成田でユネスコの千葉の県大会があり,八千代ユネスコ協会は合計6名で参加してきた。中でも下総高等学校のマイルレース8連覇の記録紹介は当校の自動車部を率いる中西教諭の姿が高校生を育てる者として神々しく見えた。
最近の教師像として新鮮な感動を呼んだ。最近には珍しい教師像として私には映った。こんな先生も居るのだと心温まる思いであった。
その後の懇親会はまるで老人クラブのパーティの様で、教育、科学、文化の殿堂とは大きくかけ離れた風情が何ともチグハグデで可笑しかった。時代は循環(サイクル)で成り立っていると謂うのに!
2021年9月新居入居に始まり今年中には物置や外構の手直しが完了し一応我が屋敷構想は幕を閉じる。同一敷地に二家族が同居し、孫の顔も毎日見られる私の理想とする家族構成が整う。
ものの本で平均余命表を見れば75歳現在で12.7歳とある。後13年後は88歳健康寿命を維持し健康で前向きな人生を歩んでいきたいものである。
もう12月、師走である。今年の半ばに末娘家族が同一敷地内にある別邸に移り住むようになって半年が過ぎた。孫も娘家族ともども適当な距離を於きつつ、上手くやっているのは我ながら自慢の一つと謂う位に上手く遣っている。例年の冬と同じ年末行事に、来春は孫たち共々八幡平にスキーに行くことにしている。
今から腕が鳴る、トレーニングは積んだし、滑る姿を思い出しながら毎夜夢見心地のひと時を過ごしている。新年は早々に新雪を颯爽と滑る姿をお目にかけよう。
今から胸が高鳴る思いである、楽しみの遣ってくる日が待ち遠しいのだ。暮れは下田で読書三昧に元日の計の構想づくりと年末年始は忙しい。
昨日は久しぶりに婿殿と妻の3人でゴルフレッスンを受けてきた。休みの日を自由に過ごせる余裕が無いように、今時の家庭の主の存在も結構窮屈なものである。
私の時代や私特有の価値観とは遠く乖離している様子は気の毒に思うこともあるが、其れはそれで時代の反映であろうか。ところでスキー旅行の棚卸をした結果、不足するものないものが明らかに為ったので買い足しに近日中言って参る予定。何ともその日が来るのが待ち遠しい。
具体的目標があるのは実に楽しいものである。
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