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文化・芸術

2013年5月30日 (木)

経営の時代

 今は、中小企業と謂えども経営の時代である。下請けや店舗販売で「待ちの経営」でも遣って行けたのは遠い過去の出来事である。自分で考え、自分で仕組みをつくり、経営し、責任を取ると云う事が今や、当り前である。人と同じことをしていて利益など得られる筈もない。
 だとすれば、将来を見極め、果敢に行動し、成果を取りに行くことが出来ない者に成功も利益もついては来ない。皆と一緒では企業の存続も繁栄もない、と云うことだ。

2012年8月24日 (金)

急がば廻れ !

 今日、ロータリークラブの例会での会長挨拶で標題にある話をした。目の前にある課題を片付けていくだけで根本的な問題は解決できない。
 急を要する、眼前にある問題でもその本質(課題)を解明する処から始めなければ、根本的な解決にならないことは解って頂けよう。
 問題は「その思考と手法」を持ち合わせることと冷静に客観的な対応が出来る心構えがあるかに懸っている。

2011年3月25日 (金)

予断と油断

 勿論、テーマは今回の大震災のことだ。今日の日経のコラム記事に目が止まった、今回の震災で不幸にも亡くなられた方々の解剖を行った医師の所見である。
これによると彼が見た死亡原因のうち8割が溺死であったとい云う。つまり、津波による死者が大半と云う事だ。
誤解を恐れず云う。巨大地震が予見できる地域として十分な備えをして来たという国家や地域住民の油断と先入観としての予断があったことは間違いない。
 自然は人間の予想を軽々と越える恵みも災害をもたらす。
大正12年に起こった関東大震災では首都東京が被災し、15万人程の死者行方不明者を出し、東京は一面焼け野原となった、過る太平洋戦争では150万人の死者を出し、3.10の大空襲では10万人の死者を出し首都東京はこれまた焼け野原となった。
 戦後の奇跡的な復興と高度経済成長はこの後の事である。日本人はキャメロン首相が言うように高度の精神性を持つし英知と勇気で必ずこの難関を乗り越える事が出来ると確信している。

2011年3月 1日 (火)

助け合い

 うちのMA(マネジメント・アドバイザリースタッフ:監査担当者)の古賀が先月22日に女の子を出産した。母子とも健康の様で安心した。これから9月いっぱい産休に入る。うちは担当制なので彼女の担当するクライアントは他のMAがカバーすることになっている。クライアントの皆様や他のMAにはその間、ご迷惑や負担を掛けることになるがご容赦頂きたい。世の中は相身互いだ。いづれわが身の問題でもある。一時のハンディキャップは皆でカバーするのが私どもの流儀。その間、温かい目で見てほしいものだ。
 あらゆる物事は、須らく、長期的展望に立って取り組む必要がある。

2010年4月20日 (火)

スピード違反

 昨日、一宮の先のクライアントに急いでいる通称波乗り道路で交通機動隊の白バイに停車を求められ25キロ以下のスピード違反の切符を切られた。19歳で免許を取得して実に初めてのことで貴重な体験をした。
クライアントの社長との約束の時間があり急いでいたことは事実だが、実に運が悪かった。
途中かなりのスピードで前方の車を追い越したが、何時も周囲には目を配っておりこんな粗相はしない、今回も遥か彼方からヘッドライトをつけたバイクが急接近してくるのは気づいていたいたのだが、事の成り行きで急ブレーキを掛けるのも憚られ徐々にスピードを落としたが間に合わず先のような仕儀となった。
 ただ、今回の話はここから始まる。停めて促されるまま白バイに近づくとこれが眼の涼しい初々しい警察官、注意を静かに聞き、状況の確認の了解を求められ、何か急ぐ理由があるか気遣われその対応ぶりが実に青年らしく、その素直さに率直に従った。本来、忸怩たる思いになるのだろうが昨日は違った。その職務をその歳に相応しく爽やかに果たす姿に清々しささえ感じてしまった。だだし、私の職業を知らなかったのは頂けない。
もっと社会を広く知る必要がある、名前を齋藤と云った。

2010年4月 1日 (木)

9月から大学講師

 前にも書いたが、ある大学の准教授から管理会計の講師の話があって準備を進めてきたが大学から正式に依頼の書類が数日前に届いてその実感がわいてきた。
これで若者を前にして講義ができるのだ。嘗て人前で話をするのが苦手でなるべく人と接することのないと思って選んだ会計士の世界は私の思いとはまったく違っていて人との関わり合いなしに済まない世界と知った。
 そこでも、人とは限定的なお付き合いに終始していた。つまり人との関わり合いが苦手だったのだ。
それが一変したのは会計事務所を開設して、中小企業の社長さん達との関わり合いに人嫌いは通用しなかった。
人を、大方の人を好きにならなければ遣っていけない仕事だと知った。
各所で仕方なく始めたセミナー講師や講演を遣っていく裡に実は人前で話をすることが本当は好きなのだと知った、意外な思いであった。私の幼いころを知る人には俄かには信じられないだろう。
 私はきっと人間が好きなのだ、若者を前にした講義を楽しみにしている、私の一生の重要な一シーンだ。