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日記・コラム・つぶやき

2019年3月15日 (金)

終了

 実質、13日には確定申告を終えていたのだが、今日将に最後の一件を伝送して完全に終了。これで大手を振って宮古のゴルフ・ツアーに行ける。気候も良くて温暖だし、休暇を満喫してこようと思う。4月からは新人も二人来るし、稼がなければ!

2019年3月13日 (水)

完了

 一部の例外を除いて確定申告が全て完了した。予定通りで流石はベテラン揃いの事務所ならではである。この四月から二人の新人が入ることになっている。年齢の平準化やローテーションが可能な陣容にする為であり、将来構想から導き出したものである。それもこれも将来構想の上にあり順調に育ってくれればそれに越したことはないし、期待もしている。会計事務所のスタッフの養成は時間がかかる。順調にいってくれることを心から祈っている。

2019年3月12日 (火)

桜咲く

 連日の温暖な天気に何時桜が咲いてもおかしくないような陽気が続いている。先日見た台湾の桜は一足早く満開で多くの花見客が繰り出しているそうだが、台湾のそれは多くが緋寒桜の八重でまさしく八重の梅の満開を思わせる気配だ。私は矢張り染井吉野の淡いピンクに満開と同時にハラハラ散る様が日本の花見にふさわしいと思っているがどうか。

2019年3月11日 (月)

秒読み

 普通なら忙中の閑、先が見える予定だったのだが、諸般の事情で申告期限ぎりぎりの確定申告手続きになるようだ。当初の見込みからは遠くかけ離れている。何れにしても相手のあることで当方の一存ではどうにもならない他力本願の話だから何ともストレスの溜まる作業なのだが。何れにしても仕事の遅い人はいつも決まっているものだ。

2019年3月 8日 (金)

大詰め !

 確定申告も大詰め、12,3日には大勢が決まる。いや決めてしまう。何時も大詰めは一種力業に近い強引にフィニッシュに持っていてしまうのが常である。というのも、クライアントにも色々な方がいらっしゃってご自分の都合でしか動かない人はいるもので、いつもきまってトラブルメーカーである。そんな人がお客様なので厄介なのだがご本人が一向に気づかないので困ってしまう。いつもきまって最終ランナーは何時のあの人である。

2019年3月 7日 (木)

中小企業経営の真髄は !

 中小企業経営のじり貧が伝えられて久しい。まず企業城下町の海外展開による空洞化、景気低迷や後継者不足による廃業、等色々な要因があるが主因は何か私にも分からないが地域の中小企業の多くは苦境にある。がしかし、世の中に存在意義のある企業までなくなるとは思っていない。楽観的に過ぎるかもしれないが、世の中に必要なものまで淘汰の対象にはならない。ニーズやシーズを感じつつ市場の価値観に寄り添うことが出来れば小さくても利益は存在するものだ。それを信じて明日も模索する。

2019年3月 6日 (水)

電子申告がゾゾっと

 確申もいよいよ大詰め、来週で終わりだ。うちは諸般の事情から13日を最終日とする旨を告示している。その甲斐あってか、続々と電子申告の登録が続いている。うちの方針は申告内容を先方と確認し控えに署名押印を貰ってエンドとなる。つまり、手間暇がかかるのだ、初めから段取りよく運ばなければ目標は達成できない。仕事の段取りの良し悪しがカギとなる。実務上の仕事が出来る出来ないの指標は最初の段取りの良さにある。

2019年3月 4日 (月)

ラウンドのつもりが !

 久々にゴルフで歩きたいと楽しみにしていた日曜日、生憎、雨で中止に変わりにアカデミーで久々のゴルフレッスンに切れ代えたのだが、一日の打ち込みに目から鱗の出来事もあってそれはそれで価値のある一日であった。クラブを年に合わせて軽くしたのだが、寧ろ切り返しのタイミングが取れなくて悩んでいたのがプロのアドバイスで一挙解決、まったく違ったクラブに生まれ変わったのだ。その手法はそれは内緒?

2019年3月 1日 (金)

弥生の季節

 明後日日曜日は桃の節句。家でも母が亡くなって寂しい思いをしているところだが、気分を変えて家内が雛飾りを飾った。家は娘二人なので雛人形しか縁がないが実家から贈られた平飾りを気に入っている。相続を経て感じたことがある。娘の相続で不平が出るのは結局自分の伴侶の不甲斐なさに起因している。自分が十分豊かなら実家の相続分など当てにする筈がない。妻には実家の相続については口出しするなと言っている。

2019年2月25日 (月)

平成30年の歩み

 私が開業登録したのが昭和62年の6月、その前年に父が倒れて私の開業は税理士事務所と司法書士事務所の補助の掛け持ちから始まった。父が死ぬ平成14年のちょっと先まで父の事業は続いた。私の会計事務所が真に独立したのは平成18年の新事務所移転からといってもいい。そんな意味で私の独立は平成の半ば、それまでは家計の維持優先の併存時代だったと言っていいのだ。そんな意味で齋藤家の長男としての存立に必死だったのだ。平成の終わりに、母の死が重なって私の半生を再考するのに兄弟間の遺産相続の話し合いが私の総集編の再考に繋がった良い機会だった。両親が居なくなった今日、兄弟の絆は長男たる私の生き方に掛かっていることを教えてくれる良い機会を親の死が教えてくれたのだ。

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